JR東日本E331系電車
東日本旅客鉄道の直流一般形電車
From Wikipedia, the free encyclopedia
E331系電車(E331けいでんしゃ)は、かつて東日本旅客鉄道(JR東日本)に在籍していた直流一般形電車。
| JR東日本E331系電車 | |
|---|---|
|
JR東日本E331系電車 | |
| 基本情報 | |
| 運用者 | 東日本旅客鉄道 |
| 製造所 |
東急車輛製造(1 - 7号車) 川崎重工業車両カンパニー(8 - 14号車) |
| 製造年 | 2006年 |
| 製造数 | 14両 |
| 運用開始 | 2007年3月18日[1] |
| 運用終了 | 2011年1月16日 |
| 廃車 | 2014年4月2日 |
| 投入先 | 京葉線 |
| 主要諸元 | |
| 編成 | 14両編成(6M8T) |
| 軌間 | 1,067 mm(狭軌) |
| 電気方式 |
直流 1,500 V (架空電車線方式) |
| 最高運転速度 | 100 km/h |
| 設計最高速度 | 120 km/h |
| 起動加速度 |
2.3 km/h/s[2]または 2.5 km/h/s[2] |
| 減速度(常用) | 4.2 km/h/s[2] |
| 減速度(非常) | 4.2 km/h/s[2] |
| 編成重量 | 258.1 t |
| 編成定員 |
1,566名 (座席500または504名) |
| 編成長 | 200.0 m |
| 全長 |
16,500 mm(長) 13,400 mm(短) |
| 車体長 |
16,050 mm(長) 13,000 mm(短) |
| 車体幅 | 2,989 mm |
| 全高 | 4,046 mm(空調上面) |
| パンタ折畳み高 | 3,980 mm |
| 屋根高さ | 3,620 mm |
| 床面高さ | 1,130 mm |
| 台車中心間距離 | 13,400 mm |
| 車体 | ステンレス |
| 台車 |
軸梁式ボルスタレス台車 DT73(連接電動台車) TR257(付随台車) TR258(連接付随台車) |
| 主電動機 | 永久磁石同期電動機 MT77 |
| 主電動機出力 | 160 kW / 基 |
| 駆動方式 | 車軸直接駆動方式(ダイレクトドライブ) |
| 編成出力 | 1,920kW (160kW×12) |
| 制御方式 | 東芝製VVVFインバータ制御(IGBT素子) |
| 制動装置 | 回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキ |
| 保安装置 | ATS-P、ATS-SN |
| 備考 |
長:1・7・8・14号車 短:その他の号車 |
概要
JR東日本では209系(901系)において数々の新技術を導入し、E217系やE231系において拡幅車体への適用や車両制御の革新などさまざまな改良を重ねていたところであったが、これらはある程度熟成された技術で構築しており、完成度は高いものの車両システム全体としての大幅な改善を行ったものではなかった[3]。そこで大胆なシステムチェンジを図った次世代通勤近郊電車としてE993系(ACトレイン)などを開発、同車においておいて連接構造・直接駆動式モーターの試験を行い基本的な確認と検証を行ってきた[4]。
そしてこれらの結果を踏まえた上で、長期間の使用におけるメンテナンス周期や設備、また量産時における課題など、より営業面においての新技術の有効性を確認する目的で、本系列の量産先行車両が導入された[4]。しかし結果として量産には至らず、1編成14両のみの製造に終わっている。
唯一製造された第1編成は14両中の1 - 7号車を東急車輛製造、8 - 14号車を川崎重工業が担当し、2006年(平成18年)3月に甲種輸送が行われた。そして2006年3月27日付で京葉車両センターに配置され[5]、約1年間の試運転を経て営業運転に供されたが、その後はトラブル等などにより運用から外れることが多く、製造から約8年後の2014年4月に廃車となっている。最終的に、実際に営業用車として運用された期間はわずか15ヶ月ほどであった(詳細は#運用を参照)。
なお当初は中央快速線に導入する案もあったが、分割運用が多く連接構造の試験に不向きなこと、同線は当時輸送の安定が最優先課題であり乗車位置まで変わる試験車を入れる余地がなかったとされる[6]。
構造
編成構成
1編成14両で構成されているが、編成の長さは既存車両(20m車)の10両編成と同一である。14両は全て連接化されているわけではなく、7両の連接編成2本が組み合わされ、台車の数は合計16となる。検査などの際は7両ずつに分割されることがあった。
車体
軽量ステンレス車体で、前面形状はE231系500番台やE993系(ACトレイン)と類似する。
車体は連接構造として連結面間13.4 m基本に、先頭車および編成分割部の車両は16.5 m(台車間は同じく13.4m)としており、車体幅についても台車間距離ならびに車体長の短縮によって2,989 mmとして従来より39 mm広げることができた[3][注 2][注 3]。連接部の処理として台車は片方をその車両に属することとしているが、各車の自重は連結面で区分される。
E231系ではメーカーによって構体構造が異なっていたが、本系列では屋根構体と側構体との結合部を除いて基本的に共通化した[3]。
E993系(ACトレイン)と同様に客用ドアの数は1両当たり3か所である。E993系では外吊り戸となっていたが、本系列では従来通り戸袋を設けた構造である。
貫通路については、E993系では幅広とし立席スペースとしての活用を考慮していたものの、韓国で発生した大邱地下鉄放火事件を受けて鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準が変わり、貫通扉の設置が必要になったことからE231系と同じく幅を900㎜として貫通扉を設けた[6][3]。貫通扉には扉は傾斜式戸閉機構を採用している[3]。
側窓はE231系のような1段下降式ではなく、JR東日本209系の開閉化改造窓のような下段固定・上段下降式で、さらに全ての窓がこれになっている。高さ940 mmで床面からの位置は800 mm、開口幅は315 mmとなる[3]。横幅としては、両端が連接構造である13 mの中間車では扉間が1,390 mm幅の2連窓(下降窓部930 mm・固定窓部380 mm)と930 mm幅、車端部は600 mm幅となっている[3]。16 mの中間車では扉間が1,940 mmの3連(開口部930 mm・固定窓部425 mm×2)、分割部側の車端部は445 mmのものと930 mmのものが並ぶ[3]。先頭車も同様の構造で、930 mm幅の窓に代わって乗務員室扉が入る[3]。
車内
座席はロングシートを基本とし、13 mの中間車では蘇我寄りの扉間が6人掛け、東京寄りの扉間が5人掛け、車端部は3人掛けとなっている[3]。16 mの中間車扉間7人掛け、分割部側の車端部は6人掛けである[3]。先頭車においても7・8号車と同様の寸法であるが、先頭部は車椅子スペースとし、さらに先頭寄りの7人掛け座席は可変腰掛として、2人掛け×4のセミクロスシートに転換できる構造となっている。平日はロングシート、休日はクロスシートとして運用することを想定していた[7]。
可変腰掛は209系クハ209-3003で試用したものに類似し[3]、ロングシート状態では、中央3席分が壁面に収納可能な座席、そして左右の2席分ずつが回転可能な座席となっているが、この裏の壁にも同じく2席分の座席が収納されているといった構造である。ロングシートからクロスシートへの転換に際しては中央部の座席を収納して左右表側の座席を回転、そして左右裏側の座席を展開する形となる。
ドア付近では、先端部に黄色いテープを貼付し、通路際の床敷物の色を黄色としている。鴨居部には2枚のLCD式車内案内表示器があり、右側は行先・次の駅・乗り換え案内・運行情報などを、左側はトレインチャンネルとしてニュース・天気予報・CMなどをそれぞれ放映する。またドアチャイムとドア開閉表示灯を搭載している。
戸閉装置(ドアエンジン)はモハE331形において直流ブラシレスモータによりプーリを駆動する新開発の電気式(モータ駆動ベルト式)を採用した[3]。その他の車両はE231系1000番台やE531系において実績のあるリニアモータ駆動式としている[3]。
また先頭車の先頭側の扉においては、車椅子でスムーズな乗降ができるように床面格納式の電動スロープを装備している。
つり革は白色で、優先席付近のみ2008年初頭頃にオレンジ色のものへ交換された。
このほか、自動放送装置が導入された。
- 車内
- ロングシート
- 可変座席
- 車内液晶画面
主要機器
本系列はE993系の成果を受けて開発された車両で、連接台車を持つ短い車体が大きな特徴である。台車の負担荷重を均一化するため、主要機器は7両編成内で分散して配置している[3]。
制御装置はIGBT素子による2レベルPWM方式のVVVFインバータ制御である。同期電動機に対応するため1C1M2群方式としており、形式はSC82、各電動車に搭載している[3]。加速時はチョッパ音のような非同期音のあと一度変調してその後ほとんど無音となる。減速時はその逆のパターン(無音→非同期音)を取る。
主電動機は永久磁石同期電動機(PMSM)のMT77で、日本国内の新製車両としてPMSMを初めて搭載した[注 4]。駆動装置は車軸直接駆動式のダイレクトドライブモーター(DDM)方式としており、主電動機とともにE993系「ACトレイン」用のMT935をベースとしたのである。
台車は連接台車と非連接台車の2タイプがあり、電動台車は全て前者である。形式は非連接付随台車がTR257、連接電動台車がDT73、連接付随台車がTR258となる[3]。いずれも軸梁式のボルスタレス台車で、車輪径は860 mm、軸間距離は2100 mmである[3]。連接台車は2つの車体を2組の空気ばねでそれぞれ支持する4点支持方式で、E993系用をベースとしたものである[8]。空気ばねの線路方向の間隔は440 mmとなっている。非連接の付随台車はE531系用をベースとしている[3]。その他、DDMには速度センサがないため滑走防止用の速度発電機は全ての車軸端部に装備、また電動台車の接地装置も軸端式としている[3]。
ブレーキ装置は電動台車が踏面ブレーキ、付随台車が踏面ブレーキとディスクブレーキの併用で、先頭台車には駐車ブレーキを装備している[3]。
補助電源装置はIGBT素子(3,300V・800A)使用を使用した東芝製静止形インバータ (SIV) とし、出力電圧は三相交流440V・60Hz、電源容量は 210kVAで形式はSC83、これを1・8号車に搭載する[4][9]。E531系ではE993系で開発された並列運転を行う方式としていたが、すべてを2重系統にすることによる重量・コストの増大が問題となった[4]。この為過去の実績から故障率の高いパワーユニット部及び制御部のみ2回路とし、故障率の低い高速度遮断器や出力フィルタ部は1回路とする「待機2重系方式」を採用した[3][4][9]。待機2重系方式とすることで機器故障時における運転不可となる確率は、1重系と比較して約14 %(約1/7)まで低減させている[9]。
保安装置はATS-PとATS-SNを備え、このうちATS-Pについては従来一重系であったところ本系列では冗長性を考慮して送受信制御部を二重系としている[3]。
空調装置は1・7・8・14号車では容量42,000 kcal/hとして既存品を改良したAU725A-G4を、そのほかの中間車は容量を33,000 kcal/hとし新規開発のAU731を搭載する[3]。
集電装置はシングルアーム形のPS37Bを3・10号車のサハに搭載、高速度遮断器とSIV断流器も同車に集約している[3]。連接構造ゆえに連結面間が狭く(400 mm)、また渡り線も配されていることから従来のように妻部から屋上に登ることが困難であるため、交流・交直流電車と同じく側面にハシゴを掛けられる構造とし、ハシゴを乗務員室内に備え付けている[3]。
また、情報管理システムはE231系が搭載するTIMSの発展型であるAIMS(アイムス)を搭載している。運転台の速度計と双針圧力計はグラスコックピット方式とした。
- DT73系動力台車
- TR258系付随台車
- TR257系付随台車
編成
7両の連接編成を2つ組み合わせた形態であり、8 - 7号車間は密着連結器による通常の連結構造、その他の連結部は連接台車による連接構造となっている。それぞれ3両の電動車と4両の付随車(先頭部は制御車)とが交互に並び、電動車のうち蘇我寄りの連接台車が電動台車である。
車両形式
- 電動車
- モハE331形
- 編成中6両が存在し、2・4・6・9・11・13号車に組成される。側面の行先表示器が省略されている。
- 制御車
- いずれも先頭部に車椅子スペースを、先頭寄りの扉間に可変座席を備える。
- クハE331形
- 蘇我寄りの先頭車(14号車)である。
- クハE330形
- 東京寄りの先頭車(1号車)で、補助電源装置を搭載する。
編成表
← 蘇我・君津(内房線)/上総一ノ宮(外房線) 東京 → | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 号車 | 14 | 13 | 12 | 11 | 10 | 9 | 8 | 7 | 6 | 5 | 4 | 3 | 2 | 1 | ||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 記号番号 | クハ E331 -1 (Tc) |
モハ E331 -1 (M) |
サハ E331 -1 (T1) |
モハ E331 -2 (M) |
サハ E331 -501 (T2) |
モハ E331 -3 (M) |
サハ E330 -1 (T3) |
サハ E331 -1001 (T4) |
モハ E331 -4 (M) |
サハ E331 -2 (T1) |
モハ E331 -5 (M) |
サハ E331 -502 (T2) |
モハ E331 -6 (M) |
クハ E330 -1 (Tc') | ||||||||||||||||||||||||||||
| 搭載機器 ほか |
可変座席 | VVVF | CP | VVVF | PT | VVVF | SIV | VVVF | CP | VVVF | PT | VVVF | SIV 可変座席 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 台車 | TR' | DT | TR | DT | TR | DT | TR | TR' | TR' | DT | TR | DT | TR | DT | TR | TR' | ||||||||||||||||||||||||||
| 自重[注 5] | 24.1 t | 16.8 t | 16.5 t | 16.8 t | 16.7 t | 16.8 t | 21.5 t | 20.2 t | 16.8 t | 16.5 t | 16.8 t | 16.7 t | 16.8 t | 25.1 t | ||||||||||||||||||||||||||||
| 定員 (座席) |
115 (34/36) |
107 (34) |
107 (34) |
107 (34) |
107 (34) |
107 (34) |
133 (46) |
133 (46) |
107 (34) |
107 (34) |
107 (34) |
107 (34) |
107 (34) |
115 (34/36) | ||||||||||||||||||||||||||||
| 製造所 | 川崎重工業 | 東急車輛製造 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
- 凡例
運用
- 運用開始とメーカーでの修理
2006年3月に甲種輸送が行われた後、およそ1年に及ぶ試験運転を経て2007年(平成19年)3月18日のダイヤ改正から京葉線で営業運転を開始した[1]。
運行にあたっては従来の車両とは乗車位置が異なることからラッシュ時は避けることとし[6]、時刻を固定して使用することとされ、本系列を充当する運用として運行番号95が新たに用意され[注 6]、この中でも土休日ダイヤでのみ充当された[11]。各駅のプラットホームには本系列の停止位置を明確にするため、通常の4ドア車とは異なる専用の乗車口マークが設置され、また運用時には発車標に「14両(3ドア)」と表記(一部駅の時刻表にも表記)された。その他、当初は2007年4月30日まで開催の「ちばデスティネーションキャンペーン」のADトレインとなっていた。
しかし数日後には運用を外れ、以降はしばらく幕張車両センターなどで留置されていた。5月末には千葉支社から、部品の一部を改良するため当面の間運休するという旨のプレスが出されている[12]。これは連接部の強度が不足し、部材に亀裂が入るトラブルがあったことによるもので[6]、年度内には甲種輸送を伴ってメーカーでの修理が行われた。川崎重工製の7両は10月3日から4日にかけて同社兵庫工場へ輸送され、10月26日から27日にかけて戻っている。東急車輛製の7両についても翌年3月25日から26日かけて輸送、4月24日から25日にかけて京葉車両センターへ戻った。以後は京葉線を中心に試運転を行っている。
- 運用再開と二度目の離脱
2008年12月23日より営業運転を再開したが[13]、約半年後の2009年5月頃に再び営業運転から離脱した。
- 最後の運用
2010年4月3日に再度営業運転を再開し[14]、ダイレクトドライブ方式や連接台車化によるメリット(検査面・コスト面)を調査したが、2011年1月16日の運行中に発生した車両故障により再び運用を離脱し、これ以降営業運転に復帰することはなかった。
2010年7月1日より導入されたE233系5000番台の置き換え対象には含まれていなかったが[15]、2014年(平成26年)3月25日にEF64 1031牽引で長野総合車両センターへ配給の形で輸送され[16][17]、4月2日付で廃車[18]、全車両が解体された。
在籍期間は約7年で、このうち営業運転に入った期間は約15か月間のみであった。
- 甲種輸送時のE331系
(2006年3月6日 山手駅) - 京葉線で運用されるE331系
(2010年5月2日 東京駅) - 乗車位置案内
(東京駅) - 長野総合車両センターへの配給輸送
(2014年3月25日 国立駅)
評価
E331系の開発に関わった東芝のエンジニアが後に回顧したところでは、DDMや待機⼆重系SIVには大きな問題はなかったものの、AIMSの開発でトラブルが多発したという[19]。AIMSでは制御系と情報系を1つのネットワークで賄う設計を採用したが、多数のメーカーとインタフェース等のすり合わせを行うことになり、開発に苦労したと語っている[19]。車両としては失敗に終わったものの、待機⼆重系⽅式SIVや永久磁石同期電動機などはその後の鉄道車両でも多く採用されており、要素技術レベルでは後世につながる役割を果たしたと評価している[19]。
一方で白川保友は、自著で「大邱地下鉄放火事件の影響で、連結部に人を乗せられるというメリットが失われてしまった」ことに加え「DDMはバネ下重量が重くなるが、その影響を軽視していた」ことを指摘した。また開発体制の問題として「運輸車両部と技術開発部門にそれぞれ車両技術者がいた」ことを挙げ、結果として現場の実情と合致しない車両となってしまったとしている[6]。