MOMOSE
From Wikipedia, the free encyclopedia
愛知県名古屋市出身。幼少よりクラシックピアノ教育を受け、小学3年の時、地元名古屋テレビ主催の子供音楽コンクールのピアノ部門にて優勝。中学3年の文化祭で友人と組んだアコースティックバンドをきっかけに、人前でピアノを弾きながら歌う楽しさに目覚め作詞作曲を始める。
高校3年の時、第30回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)中部北陸大会で入賞。財団法人ヤマハから作詞家としてのデビューオファーを断り、地元でオルジナル楽曲中心のライブ活動を開始。その数年後、単独上京。仮歌シンガーの仕事とバイト貯金を元手に1992年にニューヨークへ単身音楽留学。アッパーウエストのアパートを拠点に、楽曲作りボーカルトレーニングを経て帰国後、田辺音楽出版主催「ドラスティックとらばーゆオーディション」をきっかけに作詞作曲家としてデビュー。K-dush専属作家として数々のアーティストへ楽曲を提供したほか、コンサートツアー、レコーディングなどバックミュージュシャンとしてのサポート活動を経て、1997年にCELLレーベルよりアーティストとしてメジャーデビュー。以後、5年タームで3枚のオルジナルアルバムをリリース。
2003年に再び渡米しニューヨーク移住。作詞・作曲家、ボーカリスト及びサウンドプロデューサーとして活動している。サウンドパートナーは、大澤誉志幸、鈴木聖美、T.M.Revolution、小比類巻かほる中島美嘉等、数々のサポートアレンジャー&キーボーディストで知られる青木庸和。
略歴
1994年 田辺音楽出版主催のオーディション最終選考審査をきっかけにアワーソングス専属作家契約。
1995年 歌手、女優、アーティストなどへの作品提供、レコーディング、バッキングコーラスなどで活動。
1997年 CELLレーベル(ビクター)に移籍、ファーストアルバム「花になりたい細胞」をリリース。
2002年、日本語の歌詞による完全オリジナルジャズボーカルアルバム『DOOR』を発売。ライブ活動を展開。サポートメンバーは鎌田清(Drums)、澤田浩史(Bass)、三四朗(Sax)、明治音吉(Pf,Key)。
2003年、ニューヨーク移住。専属ボイストレーナーに指示、ボイスレッスン&ジャムセッション活動に入る。
2006年、3rdアルバム「THE CABARET」リリース(アルバムは限定日本盤のみ)。プロデュースにグラミー賞を受賞したAORバンド「スタッフ2」のバンドリーダー、キーボーディストのジミー・アレン・スミス、スティーヴィー・ワンダー、ナンシー・ウィルソンなどのバッキングボーカルを勤めたベヴァーリー・ハンショウによるサウンドプロデュース&コーラスアレンジ。
2011年 全米リリース第2弾 For tsunami japan アルバムとして4thアルバム「I'm Japanese Mother」 をリリース。
2013年帰国後 育児期間中、音楽活動一時休止
2020年 シンガー活動復帰
同年Covid-19 シングル「The good life」再リリース
2021年 オリジナルシングル「太陽と月の恋」[君と僕の春の歌」「yakisoba」リリース
MOMOSEJAZZ Ok-hazamaband結成 横浜みなとみらい公認ストリートバンドとして活動
各地ジャズフェス活動
エピソード
作品提供
平松まゆき/日本コロムビア
『Kira Kira』(アルバム「Sweet Soul Transistor」より)
作詞・亜伊林/作曲・MOMOSE/編曲・小西孝雄
TBSラジオ・1993年10月 - 1995年10月
シングル
- ICEBOXBABY
『恋はアラカルト』(ICEBOX BABY 森永CMソング タイアップ)
作詞・大本友子/作曲・MOMOSE/編曲・佐橋佳幸
- ICEBOXBABY
中部北陸地区 TVエンディングテーマ
『恋とエステと英会話』 (ICEBOXBABY 森永CMソングシリーズ第2弾)
作詞・平松まゆき/作曲・MOMOSE/編曲・澤近泰輔
アルバム
- ICEBOXBABY
『二人の夏曜日』(日本コロムビア1995年7月7日)
中山美穂/キングレコード
コンサートツアー『f』のバッキングボーカル、コーラスアレンジ
及びレコーディングに参加。フジTV HEY HEY HEY、NHK POP JAM等に出演。
ジョン・ロビンソン/エイベックス
アルバム『サバイバー』訳詞提供
その他SMAP、嵐、KinKi Kids、NES、雛形あきこ、関谷真美、ミューア等、メジャーインディー問わず、サウンドプロデュースから楽曲提供、バッキングコーラス、コーラスアレンジまで幅広い仕事をこなす。