ヴェコスラヴ・ルブリッチ
クロアチアの軍人
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
フマツ出身。ウスタシャ民兵の副司令官。後にウスタシャ保安庁(Ustaska Nadzorna Sluzba;略称UNS)第3部を率い、クロアチア国内の強制収容所を監督した。
1944年、クロアチア独立国軍(ドモブラン)とウスタシャ民兵の統合後、軍に移る。アンテ・パヴェリッチの政敵であったアンテ・ヴォキッチとムラデン・ロルコヴィッチの除去を組織。後に保安旅団長に任命され、1945年5月6日、クロアチア国軍司令官となった。
戦後、クロアチア人の将官の大部分はオーストリアに亡命したが、ルブリッチはクロアチアに留まり、ウスタシャのパルチザン部隊を率いた。1945年11月にオーストリア、その後イタリアとフランスを経由してスペインに亡命した。1955年までパヴェリッチの側近。その後、ウスタシャ移民組織である「クロアチア人民抵抗」を率いる。1969年にユーゴスラビアの特務機関により暗殺。
関連項目
- クリジャリ
- ヤセノヴァツ強制収容所