SKアウストリア・ケルンテン

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原語表記 SK Austria Kelag Kärnten
クラブカラー 黒・白・銀
創設年 2007年
解散年 2010年
SKアウストリア・ケルンテン
原語表記 SK Austria Kelag Kärnten
クラブカラー 黒・白・銀
創設年 2007年
解散年 2010年
ホームタウン クラーゲンフルト
ホームスタジアム ヴェルターゼー・シュターディオン
収容人数 32,000
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

SKアウストリア・ケルンテンドイツ語: SK Austria Kärnten)は、かつてオーストリアの南部、ケルンテン州の州都クラーゲンフルトを本拠地としていたサッカークラブである。

2007年の夏までSVパッシングが保持していたオーストリア・ブンデスリーガのライセンスを2007年6月1日に正式に譲り受けて設立されたクラブである。

2007年、SVパッシングのグラート会長が、オーストリア・ブンデスリーガのライセンスを他のクラブに譲りたいと発言した以降、「移民排斥」や「親ナチズム」などを主張し、オーストリアで極右・煽動政治家として知られているイェルク・ハイダー州知事がSVパッシングのグラート会長と頻繁に連絡を取るようになり、オーストリア・ブンデスリーガのライセンスをケルンテン州のクラブに譲るように誘致した。

約1か月間に及ぶ交渉後、クラーゲンフルトに新しいクラブSKアウストリア・ケルンテンが設立され、SVパッシングが保有していたオーストリア・ブンデスリーガのライセンスを譲り受けることが例外としてオーストリア・サッカー協会により正式に認められたことにより、初年度からオーストリア・ブンデスリーガに属することになった。

このようなことは前例が無かったため、非現実的と世間は冷めていたが、実際に可能になったところからもイェルク・ハイダー州知事の政治力が見える。実際のクラブ会長はマリオ・カノーリという実業家だが、イェルク・ハイダーのクラブへの影響力は絶大で「影の会長」と言われている。

全くのゼロからのスタートであったため、選手を新たに集めなくてはならず、主に財政破綻により3部に降格したグラーツァーAKやライセンスを譲ったSVパッシング、エルステリーガ(オーストリア2部)に所属していたFCケルンテン等から多くの選手が移籍して新しいSKアウストリア・ケルンテンのチームが作られた。

クラブ初の監督にはグラーツァーAKや1860ミュンヘンを率いたヴァルター・シャッハナーがイェルク・ハイダー州知事自らにより招聘された。

全く歴史の無い新興クラブなので、サポーターの数も少なく、「人工的に作られたクラブ」と揶揄されている。また、イェルク・ハイダー州知事の影響もあり、白人以外の選手に対しては非常に厳しいクラブである、ということが業界で知られている。

ちなみにライセンスを譲ったSVパッシングは自動的にオーストリア5部に降格した。

タイトル

国内タイトル

なし

国際タイトル

なし

過去の成績

シーズン リーグ 順位 得点 失点 勝ち点
2007-08オーストリア・ブンデスリーガ9位8919265833
2008-09オーストリア・ブンデスリーガ6位11817475741
2009-10オーストリア・ブンデスリーガ10位2925298015

歴代監督

歴代所属選手

外部リンク

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