ストーン・テンプル・パイロッツ
アメリカ合衆国のオルタナティヴ・ロック・バンド
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来歴
- 結成からデビュー(1986-1993)
1986年、ロングビーチで行われたブラック・フラッグのライヴにて、スコット・ウェイランドとロバート・ディレオが出会う。意気投合した彼らは、スウィング(Swing)なるバンドを結成。程なくして、ロバートの兄・ディーンとエリック・クレッツが加入すると、バンド名をマイティー・ジョー・ヤング(Mighty Joe Young)と改める。地元サンディエゴのクラブ・シーンで徐々にファン層を拡大していくが、シカゴ出身の同名のブルース・ミュージシャンから訴えられたことでバンド名の変更を余儀なくされ、数回の改名を経て、ストーン・テンプル・パイロッツ(STP)を名乗ることになった。また、「スポーツ・チームみたい(動物の複数形)なのはダサいから、意味に繋がりなんて全くない単語の羅列で名付けた」というエピソードもある。
1992年、アトランティック・レコードと契約を交わす。同年、プロデューサーにブレンダン・オブライエンを迎えたデビューアルバム『コア(Core)』を発表。全米2位、700万枚以上の売上を記録し、「Sex Type Thing」や「Plush」といったシングルもヒットした。一方、その音楽性が「グランジかぶれ」だとして強い批判も浴びた[2]。
- 成功と転落(1994-2002)

1994年には2ndアルバム『パープル(Purple)』を発表。全米1位に輝き、ニルヴァーナ、パール・ジャムらの二番煎じという声を跳ね返した。しかし、直後にボーカルのウェイランドが薬物不法所持で逮捕。これ以降、ウェイランドは私生活でトラブルを繰り返すようになり、他のバンドメンバーとの間に人間関係の溝が生じることになった。
同じ屋根の下で生活しているにもかかわらずウェイランドと他の3人が顔を合わせないという状況でレコーディングが行われ、1996年に3rdアルバム『ヴァチカン(Tiny Music...Songs From The Vatican Gift Shop)』を発表。従来よりメロディを重視する音楽性へ変化し、全米4位を記録する。ところが、ウェイランドが再び薬物で逮捕され1年間の保護観察処分を受けたことでツアーが打ち切られ、売上は伸びなかった。この状況に業を煮やした残りの3人のメンバーは無名のヴォーカリストを加えトーク・ショー(Talk Show)という名義で活動を開始。一方ウェイランドもソロ・アルバム『12 Bar Blues』を発表する。
冷却期間を経て互いの価値を再認識したバンドは関係を修復し[3]、1999年に4thアルバム『No 4』を完成させる。発売直前にウェイランドが薬物関連で1年間服役することになったため、ツアーは彼の出所を待って行われた。2001年には5thアルバム『シャングリラ・ディー・ダ (Shangri-La Dee Da)』をリリース。コーン主催のファミリー・ヴァリューズのヘッドライナーとして、リンキン・パークらとツアーを行う。翌2002年にはオズフェストの出演を辞退して新作に取り掛かるが[4]、秋にバンドは突如解散。ウェイランドは元ガンズ・アンド・ローゼズのメンバーと組み、ヴェルヴェット・リヴォルヴァーを始動させた。
- 再結成(2008-2013)
2008年2月に再結成が発表され、5月から全米ツアーを開始。2010年5月に6thアルバム『ストーン・テンプル・パイロッツ』をリリースし、全米初登場2位と復活をアピールした。翌月には、バンド初のライヴ映像作品『Alive In The Windy City』を発表した[5]。
- スコット・ウェイランドの解雇から現在(2013-)
2013年2月、公式サイトにてウェイランドの解雇を発表[6]。5月には、リンキン・パークのチェスター・ベニントンを迎えたことが明らかになり[7]、新曲「Out of Time」も発表された。これに対し、ウェイランドは自分はまだSTPのメンバーであり、バンドの名義は自分にあると主張[8]。現メンバー側はウェイランドがSTPデビュー20周年のツアーを反故にしたのが解雇の理由であると反論し、バンドの法的権利をめぐって訴訟を提起[9]。ウェイランドも反訴した[10]。
9月から全米ツアーを開始し、翌10月にはストーン・テンプル・パイロッツ with チェスター・ベニントン名義で新作EP『ハイ・ライズ (High Rise)』を発表するも[11]、翌年にはベニントンが脱退(ウェイランドの時とは違い友好的な脱退となった)。
2015年12月3日、ウェイランドがツアー・バスの中で亡くなっていたところを発見される。死因は、ドラッグとアルコールを含む「薬物等の併用による中毒」とされている。
2017年7月20日、チェスター・ベニントンがロサンゼルスの自宅で死亡しているのが発見された。家族が外出中の首吊り自殺だった。
2016年秋、3代目ボーカリストのオーディションを開催し、オーディション番組『Xファクター』で準優勝したジェフ・グートを抜擢。しかし、翌2017年11月14日に音楽番組で本人たちが出演するまで、彼の名前は伏せられていた。また当日には、番組主催のライブも行われた。
メンバー
- ロバート・ディレオ(Robert DeLeo、1966 - )- ベース、バッキングボーカル
- ディーン・ディレオ(Dean DeLeo ロバートの実兄、1961 - )- ギター
- エリック・クレッツ(Eric Kretz、1966 - )- ドラムス
- ジェフ・グート(Jeff Gutt、1976 - )- ボーカル
- 元メンバー
- スコット・ウェイランド(Scott Weiland、1967 – 2015[12])- ボーカル
- チェスター・ベニントン(Chester Bennington、1976 - 2017)- ボーカル
ディスコグラフィー
アルバム
| 年 | タイトル | アルバム詳細 | チャート最高位 | 認定 | |||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| US [13] |
AUS [14] |
AUT [15] |
CAN [16] |
GER [17] |
NOR [18] |
NZ [19] |
SWE [20] |
SWI [21] |
UK [22] | ||||
| 1992 | Core | 3 | 29 | 21 | 8 | 53 | 20 | 11 | 9 | 36 | 27 |
| |
| 1994 | Purple |
|
1 | 1 | 18 | 2 | 15 | 11 | 3 | 6 | 25 | 10 | |
| 1996 | Tiny Music... Songs from the Vatican Gift Shop |
|
4 | 3 | 37 | 5 | 47 | 27 | 4 | 27 | 41 | 31 | |
| 1999 | No. 4 |
|
6 | 21 | — | 5 | 41 | — | 33 | — | — | 101 | |
| 2001 | Shangri-La Dee Da |
|
9 | 35 | — | 5 | 72 | — | — | — | — | 105 | |
| 2010 | Stone Temple Pilots |
|
2 | 21 | 54 | 2 | 52 | — | 6 | — | 36 | 80 | |
| 2018 | Stone Temple Pilots |
|
24 | 38 | — | 36 | 94 | — | — | — | 44 | — | |
| "—"は未発売またはチャート圏外を意味する。 | |||||||||||||