TOMI-E

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  • 1990年ヒップホップカルチャーに影響を受け、15歳で単身渡米、アリゾナ・ユタ・ロサンゼルスなどを移動しながらグラフィティを独学で習得し、各地で活動。渡米中に出逢ったタイ、中国などのアジア出身のライター達とASIAN CAN CONTROLERZ(ACC)を発足し更に活動の場を拡げる。
  • 1994年帰国後は独特のタッチのキャラクターで雑誌の連載や、数多くのアーティストのジャケットデザイン、ウォールペイントの制作を経て、企業ロゴや平面広告、ブランドコラボレーション、TV−CMに至るまで、幅広い展開を見せてきた。クライアントはJT、JRA、松下電器、キューピーなど。自身がデザインをしているブランド"ACC"は多くのアーティスト等から支持されている。
  • 2006年にはTOMI-E自身をモデルとして取り上げられた映画「TAKI183」が公開された。現在は音楽・ファッション・広告業界にとどまらず、日本のグラフィティアーティストとしては初のコンテンポラリーアートへの進出に意欲的な活動を行っている。

人物

  • グラフィティでの最初のギャラは仙台のクラブのペイントでの8万円だった。
  • 活動開始当初は「tomie」で活動していたが、周りから「とみえさん、とみえさん」と呼ばれる事から「‐」を足し「tomi-e」になった。
  • RINO LATINA Ⅱ,UZIと共に「Cuervo Hermanos」を結成し渋谷宇田川町にあるオルガンバーにて、月に一度「盃」というパーティーを行っていた。
  • 「盃」は東京一危険なパーティーとして数時間で72本のテキーラが空き、多くのアーティストに恐れられた。
  • 「Cuervo Hermanos」にはクエルボの流通会社、マキシマムジャパンがスポンサーとしてサポートしていた。
  • 日本のヒップホップ界では大酒豪として有名で、阿櫻酒造とコラボした日本酒「富壱」が発売されている。
  • グラフィティ=落書きという一般的な概念を覆す為に、閉鎖的なグラフィティ業界では珍しくTV.雑誌、映画等に積極的に露出している。
  • 作品は下書きは一切描かず一発勝負にこだわりを持っている。

作品等

関連項目

外部リンク

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