アダムズは、3名の代理人をそれぞれX、Y、Zと仮称して、特使から受け取った書簡を連邦議会に提出。フランスが行った賄賂の要求を暴露した。これにより、アメリカ国内の世論は一挙に硬化。殊に連邦党はフランスへの敵意を露にした。事件を契機に海軍省の設置や治安取締法の制定が矢継ぎ早に行われ、1798年から1800年にかけての宣戦布告なき海戦、いわゆる「擬似戦争 (Quasi-War)」に突入した。一連の抗争は、1800年9月のモルトフォンテーヌ条約(Treaty of Mortefontaine)で一応の決着を見るが、これにより米仏同盟は破棄された。