あいだ哲学

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あいだ哲学(あいだてつがく、間哲学)は、〈あいだ〉に着目した哲学。あいだ哲学の理論には和辻哲郎の間柄論など幾つか存在するが、狭義には篠原資明により提唱されたものをさす。

篠原にとって〈あいだ〉とは、それ以上さかのぼれない究極のカテゴリーである。したがって、〈あいだ〉を問題にするには、〈あいだ〉で生起する交通様態から分析するほかない。その意味で、あいだ哲学の方法論的側面が、交通論といわれるのである。

交通様態としては、4つのものが想定されている。第一に、「単交通」、すなわち、一方通行的な交通。第二に、「双交通」、すなわち、双方向的な交通。第三に、「反交通」、すなわち、交通が遮断される様態。第四に、「異交通」、すなわち、たがいに異質性を保持しつつ、さらなる異質性を生成させる様態、である。なんであれ、問題とするものに関して、どのような〈あいだ〉が考えられ、そこにどのような交通様態が析出されるかを問う哲学、それが、あいだ哲学であり、交通論なのである。

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