イタリアのヴェネツィアで生まれた。父親はオーストリア陸軍の軍人であったが、父親の病気で、家族はブラウンシュヴァイクに移った。
幼いころから科学に興味をもっていたが、当時のドイツは女性が大学に進むことはできなかった。弟のフリードリッヒ・ポッケルスがゲッティンゲン大学に進むと、彼を通じて科学の文献を読むことができた。20歳のころに台所の片隅で表面膜用水槽天秤を製作し、表面張力の研究を行った。実験結果を発表する方法がなかったが、1890年にレイリー卿の表面張力の実験の論文が発表されると、物理学者になっていた弟の勧めでアグネスはレイリーに手紙を書いた。その内容が認められて、論文は1931年にネィチャー誌に掲載された。
1931年ドイツ・コロイド学会(第2次世界大戦後は存続していない)からロウラ・レオナード賞を受賞し、翌年ブラウンシュヴァイク工科大学から名誉博士号を受けた。その3年後にブラウンシュヴァイクで没した。