アファーナシ・セメノビッチ・ロゴウィッツ
From Wikipedia, the free encyclopedia
![]() | |
| 人物情報 | |
|---|---|
| 生誕 |
1812年1月8日 |
| 死没 | 1878年(65-66歳没) |
| 出身校 | 聖ウラジーミル大学 |
| 学問 | |
| 研究分野 | 植物学・地質学・古生物学 |
| 学位 | 博士号(1853年) |
| 学会 |
ロシア帝国鉱物学会 キーウ自然科学者会 |
| 主な受賞歴 | デミドフ賞(1862年) |
アファーナシ・セメノビッチ・ロゴウィッツ(英語: Afanassi Semjonowitsch Rogowitsch、ロシア語: Афанасий Семенович Рогович、ウクライナ語: Опана́с Семе́нович Рого́вич、1812年1月18日 - 1878年)はロシアの植物学者、地質学者、古生物学者である。
左岸ウクライナ地域のRogovyの貴族の家に生まれた。聖ウラジーミル大学(キーウ大学)で自然科学を学び、1838年に学位を得た。キーウの中学校で数学の教師をした後、1843年にドイツ、イタリア、スイス、フランス、イギリス、スウェーデンに地質学、特に鉱物学を学ぶために留学した。1847年から母校で教え始め、1852年に標本館と植物園の監督となり、1850年に鉱物学とウクライナの化石魚類の研究論文を完成させ、1853年に博士号を得た。1853年にウクライナの植物相のために調査旅行をし、1855年から聖ウラジーミル大学の植物学の准教授となり1868年に引退した。
ロシア帝国鉱物学会やキーウ自然科学者会の会員を務めた。
