アラブ・イスラム共和国
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アラブ・イスラム共和国は1974年に提案された国家統一案。現在のチュニジアとリビアでされていた。[要追加記述]人口7,856,600人、面積1,923,151km²(両方とも1974年)だった。首都や政府は決まらなかった。
1970年9月、エジプト大統領ガマール・アブドゥル・ナーセルが死去すると、ムアンマル・カダフィは汎アラブ主義の象徴としての地位を確立しようと試んだ。エジプトとの和解の試みが失敗に終わると、チュニジアに目を向けたが、1972年12月、ブルギバ大統領はチュニジア統合案に反対を表明した。しかし、1974年1月12日、地中海のジェルバ島で会談した両大統領は、アラブ・イスラム共和国(AIR)という形で両国を統合するという合意に合意した。この共和国は、単一の憲法、単一の軍隊、そして単一の国旗を持つことになる。