アルトゥーナ・マウンテンシティー

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アルトゥーナ・マウンテンシティーAltoona Mountain City(s))は、1884年に、ペンシルベニア州アルトゥーナを本拠地とし、ユニオン・アソシエーションに加盟していたプロ野球チーム。

球団は1880年頃、ペンシルベニア州で評判のアマチュア球団だった。1883年にプロ化した際、インターステートリーグに参加したが、このリーグの所属チームは翌年イースタンリーグに大量移籍する。リーグの先行きに不安を感じていたチームは、1884年にユニオン・アソシエーション会長のヘンリー・ルーカスに参加を誘われ(当時ルーカスは7球団しかチームを勧誘できていなかったという)、この年創設されたユニオン・アソシエーションに参加することになる。

登録選手の中で以前からプロでプレーしていたのは控えのジャック・リアリーくらいで、殆どの選手はプロリーグの経験がなかった。チームは開幕から11連敗を喫し、ホームゲームの観客は1000人前後(何試合かは200人に満たなかったという)と観客動員も伸び悩んだ。チームは2ヶ月しか持たず同年5月31日の試合を最後に破綻、球団はカンザスシティに移っていった。出身選手の中で長くプロとして活躍したのは野手のジャーマニー・スミス位のものだった。

戦績

※順位は勝率による。

年度リーグ試合勝利敗戦勝率順位監督本拠地
1884年UA25619.24010位エド・カーティスColumbia Park

所属した主な選手

関連項目

主な球団記録

出典・外部リンク

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