アルト・ペルー

南米にかつてあった行政概念 From Wikipedia, the free encyclopedia

アルト・ペルーAlto Perú)とはペルー副王領リオ・デ・ラ・プラタ副王領に存在した行政概念で、ほとんど現在のボリビアと領域が一致する。高地ペルーとも呼ぶ。

概要 アルト・ペルー, 公用語 ...
アルト・ペルー
Alto Perú (スペイン語)
アルト・ペルーの国旗
国旗
アルト・ペルーの国章
国章
アルト・ペルーの位置
アルト・ペルーの領域
国の標語:Plus Ultra(ラテン語)
更なる前進
国歌Marcha Real(スペイン語)
国王行進曲

Himno de Riego(スペイン語)
リエゴ賛歌
公用語 スペイン語
宗教 ローマ・カトリック
首都 ラパス
君主
1821年 - 1825年 フェルナンド7世
総督
1821年 - 1824年 José de la Serna e Hinojosa
1824年 - 1825年 Pío de Tristán
変遷
カディス・コルテススペイン語版 1821年7月28日
ボリビアとしてスペインから独立 1825年8月6日
通貨 スペイン・エスクード
(1813年-1869年)
スペイン・ペセタ
(1869年-1873年)
先代 次代
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の4地域より成立した。

独立に際し、かつて同一の行政区画を構成していたペルー共和国アルゼンチンに併合されることを嫌がった支配層は、シモン・ボリーバルに懇願してペルーともアルゼンチンとも異なる単一の独立国としてアルト・ペルーが独立することを望んだ。その望みは叶えられ、アルト・ペルー議会はボリーバルにちなんで国名をボリビアとした。

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