ボローニャに生まれた。ボローニャ派の画家、ルドヴィコ・カラッチらに学んだとされる。1608年からマントヴァ公、フェルディナンド1世に仕えた。ヴェネツィアに短期間滞在した後、1625年にローマに移り定住した。ローマの彫刻家、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)と競った。建築家としての名声は教皇インノケンティウス10世のローマの別荘、ドーリア・パンフィーリ邸(Villa Doria Pamphilj)によるもので、この建物をジョヴァンニ・フランチェスコ・グリマルディ(Giovanni Francesco Grimaldi:1606-1680)とともに設計した。
1640年にローマの美術アカデミー、アカデミア・ディ・サン・ルカの1年任期の会長になった。
1654年にローマで亡くなった。