アンソニー・サレルノ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ファミリーサクセス
1970年代から80年代にかけて、サレルノはいくつかの拠点を持つようになった。フロリダ州マイアミビーチの邸宅、ニューヨーク州ラインベックに100エーカーの土地と馬の飼育場、マンハッタン区グラマシーパークのアパートなど、そしてその間にファミリーの相談役、副ボス、そしてボスの代理及び表向きの公式なボス(Front boss)を務めるようになっていた。
1978年、サレルノは違法賭博及び脱税の罪により、懲役6ヶ月の判決を受けた。その後、1981年の始め頃、一時的な発作を起こし、体調回復の為、ラインベックの邸宅で療養生活を送った。発作を起こした時、彼はファミリーの副ボスの地位にいた。その後、体調が回復し、ボスだったフランク・ティエリが1981年3月31日に死亡すると、彼はファミリーのボスの座についた。
見せかけのボス
ジェノヴェーゼのボスとなったサレルノだったが、彼の右腕であり後に当局への情報提供者となったヴィンセント・カファーロによれば、公式のボスの座に着いたサレルノにはボスとしての権限は無く、彼はファミリーの単なる「表看板」だったに過ぎないと語っている。 また、ファミリーの事実上の支配権は1969年にヴィト・ジェノヴェーゼが死亡後、フィリップ・ロンバルドが握っており、数年に渡りロンバルドは司法当局及び他のファミリーからの監視の目を欺く為、代理ボスやフロント・ボスを立ててファミリー内部での自分の地位を悟られないようにしていた。そして、その間に自分の後継者にヴィンセント・ジガンテを指名し、ジカンテにファミリーのリーダーとしての教育を施していた。
カファーロによれば、サレルノがファミリーのフロント・ボスになったのは、ジガンテを監視の目から守る為だった。
