アントン・カイントル From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1902年7月14日 ドイツ帝国 バイエルン王国 ミュンヘン死没 (1948-08-31) 1948年8月31日(46歳没) ソビエト連邦 ヴォルクタ所属組織 親衛隊軍歴 1935年 - 1945年アントン・カイントルAnton Kaindl生誕 1902年7月14日 ドイツ帝国 バイエルン王国 ミュンヘン死没 (1948-08-31) 1948年8月31日(46歳没) ソビエト連邦 ヴォルクタ所属組織 親衛隊軍歴 1935年 - 1945年最終階級 親衛隊大佐テンプレートを表示 アントン・カイントル(Anton Kaindl、1902年7月14日 - 1948年8月31日)は、ナチス・ドイツのザクセンハウゼン強制収容所の所長だった人物。親衛隊(SS)の隊員であり、最終階級は親衛隊大佐(SS-Standartenführer)。 ミュンヘン出身。1920年から軍に入隊。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)に入党(党員番号4.390.500)し、1935年7月1日に親衛隊(SS)に入隊(隊員番号241.248)した。髑髏部隊員となり、1939年から1941年にかけては第3SS装甲師団「髑髏」に従軍した。 1942年に強制収容所の監督を行っている親衛隊経済管理本部D局のIV部長に就任した。さらに1942年8月31日から1945年4月22日までザクセンハウゼン強制収容所の最後の所長を務める。1943年にはザクセンハウゼンにガス室を設けさせた。また1943年からSD対外諜報局長ヴァルター・シェレンベルクの偽ポンド作戦がカイントルの監督するザクセンハウゼン強制収容所で実施されるようになった。 戦後、ニュルンベルク裁判で証人として出廷させられた後、自身もソ連の軍事法廷にかけられた。この法廷でカイントルは1943年3月に医師長ハインツ・バウムケッター(ドイツ語版)の提案を受けてガス室の導入を決定し、大量殺戮を行ったことを認めた。終身の強制労働刑に処され、ヴォルクタのソ連強制収容所へ送られた。炭鉱での過酷な強制労働に動員され、1948年に同地で没した。 外部リンク アントン・カイントルの裁判。カイントルの写真付き(英語) 参考文献 マルセル・リュビー著「ナチ強制・絶滅収容所」筑摩書房。ISBN 4480857508 ISBN 978-4480857507 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 イスラエル アメリカ Related Articles