アントン・トマシゥ・リンハルト
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| アントン・トマシゥ・リンハルト Anton Tomaž Linhart | |
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| 誕生 |
1756年12月11日 カルニオラ地方、ラドウリツァ |
| 死没 |
1795年7月14日 カルニオラ地方、リュブリャナ |
| 職業 | 記録係、司書、公務員、書記官 |
| ジャンル | 詩、喜劇、悲劇 |
| 文学活動 | 啓蒙時代 |
アントン・トマシゥ・リンハルト(Anton Tomaž Linhart、1756年12月11日 - 1795年7月14日)は、スロベニアの劇作家、詩人、歴史家。
もっとも著名な作品はスロベニアの最初の喜劇や劇である『Županova micka』(市長の娘)。
スロベニアの史料編纂の基礎を担っていたため、スロベニアの史料編纂の父と呼ばれている。リンハルトはスロベニア人のすべての歴史を書いたため、最初にスロベニア人を一つの民族として述べていた。
ほかの重要な業績は、リュブリャナ地方の教育事務官として、田舎の学校を9から18に増やしたことである。また、中心となる図書館を作った。現在はスロベニアの国立図書館となっている。