アヴィニョン大学
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ソルボンヌの創設に反対していたローマ教皇ボニファティウス8世と、プロヴァンス伯でもあったナポリ王シャルル2世は、1303年に独自の大学を創設した。これがアヴィニョン大学である。
アヴィニョンには、当時既に医学、神学、修辞学などを講ずる学校は存在したが、教皇領の助成金の恩恵に与り、大学として一つにまとまり発展した。
こうした発展は、アヴィニョン教皇庁がフランス領に組み込まれ、フランスの全大学が一度廃止されたフランス革命期まで続いた。
アヴィニョンは1963年に再び大学街になった。この年に科学教育センター (Centre d'enseignement supérieur scientifique) が開設され、翌年、文学教育センター (Centre d'enseignement supérieur littéraire) が後に続いたからである。この時の各センターは、エクス=マルセイユ大学の理学部、文学部にそれぞれ依存していた。
1972年に両センターは統合され、1984年7月17日にはエクス=マルセイユ大学から独立した「アヴィニョンとヴォクリューズ地方の大学」となった。発足当初の学部は、人文学部、自然科学部、応用言語学部の3つであり、全体で2000人の学生を抱えていた。
1988年には新たに法学部が開設され、1990年には大学技術研修所が、1992年には大学実務研修所が、それぞれ付置された。
1991年にはキャンパスが10箇所に散在していたため、学生の著しい拡散を避けることと、そして市中心部の活性化を目的として、単一のキャンパスに統合することが決定された。旧サン=マルト館の敷地の整備が行われ、1997年の新学期には完成した。
