イネス・リグロン
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フランス・パリ生まれ、南仏モンペリエ出身。地元のリセ(高校)卒業後、美容学校在学中だった18歳のときに結婚。21歳で長男を出産し、同年にビューティーサロンを開業[要出典]。その後、24歳で離婚し、その翌年に「何か新しいことをしたい」とサロンを売却、息子を連れてスペインへ移住[要出典]。
その後、出張先の香港で夫ケン・バーガー(SMJ代表取締役)と出会い再婚。拠点を香港へ移し、31歳の時にモデル事務所IMGモデルのアジア・パシフィック・ディレクターとなり、IBG(Inter Beaute Group)設立[要出典]。
1998年(平成10年)ミス・ユニバース主宰のドナルド・トランプ指名で、ミス・ユニバース・ジャパンのナショナル・ディレクター就任。翌1999年(平成11年)12月には、ミス・ユニバース・ジャパンの権利をトランプから買い取り、IBG Japan設立。
リグロンの指導でミス・ユニバースTOP5に残ったのは3人。2003年の宮崎京(第5位)、2006年の知花くらら(第2位)、2007年の森理世(第1位)を育てた功績によりリグロンも、Best National Director award for Miss Universe 2007受賞。