1978年、モスクワ建築大学(ロシア語版、英語版)卒業(ボリス・バルヒン教授のグループ)。在学中からブロツキーとコンビで活動。2人は在学中より協働を開始。卒業制作も共同。
大学卒業後の1年間国家建築局に勤務。1979年から1981年まで国立芸術劇場に務める。
その後モスクワのアトリエで活動。1981年から約10年間の間に、日本の建築アイデアコンペでは、ブロツキーとのコンビにより計7回の最多入賞を遂げている。1994年、Utkin's Studio (Architecture and design) を発足。
(代表作)
アレキサンダー・グリーン博物館増築(1983年から1989年、ブロツキーとによる)
- 現代建築アート博物館。アレキサンダー・グリーンは20世紀初頭のロシアの作家。
レストラン・アトリウム(ブロツキーとエフゲニー・Monakhovと1986年から1987年)
- レーニン通りに面したモスクワ最初の民営レストラン。歴史的な様式が混合された装飾が施されている。
ヨーロッパ・セラミックス・ワーク・センター・ゲートウェイ(オランダ・ボッシュ、ブロツキーと1991年から1992年)
- セラミック・センターの門を彫刻的につくったもの。
タコマ12番街歩道橋設計案
ベネチアビエンナーレ第7回国際建築展、ロシアパビリオン 2000年
Pereulok Levshinsky 邸(モスクワ。SKIPと。2000年から2004年)
モスクワ地域・ソスナ住宅地(1997年-2000年)
モスクワ地域Zhukovka住宅地(2000年-2004年)
作品の展示、展覧用には、
作品「ドーム」(Dome、1989年)
作品「名無し河」(Nameies River、1986年)
作品「見知らぬ人のポートレイト、あるいはピーター・ガール・ファペジェの悪夢」1983
作品「ザ・テーブル」(The Table、1989年)
作品「モニュメント」(Monument、1992年、Wellington City Art Gallety)
作品「パラッツオ・ネロ」(Palazzo Nero、1992年、WeUington City Art Gallery)
作品「ポータル」(The Portat、1992年)
作品「建築家」(The Architect、1988年)
作品「フォーラム・ド・ミレ・ヴェリタティス」(Forum de Mille Veritatis、1987/90)
作品「橋」(A Bridge、1987)
作品「コロンバリワム」(Columbarium Habitabile、1989)など。
行政ビジネスセンター(ペルミ、2008-2009)
Serpuhov・Lenina広場の再建の建築と都市計画コンセプト(2008 - )
セルギエフPasadの「ミール」映画館の復興(2008)
ヴィラ・カリプソ(2007)
ヴィラ№10(2006-2007)
ヴィラ№9(2006-2007)
住宅地区「Marfino」(2007)
作品「アクロポリス」(2007)
イリヤ・ウートキンの非現代建築 (2000年、Moskom architecture、モスクワ)
などの他、
写真展「憂鬱」(1984年、レジーナ・ギャラリー、モスクワ、1995年から1998年、アメリカ)、写真展「24」(2001年、モスクワ)なども開催している。
このほか兄弟とライザ用のセット(1998年、Mossoviet劇場)やバレエ「シンデレラ」(2000年、マリインスキー劇場)ブライト・ストリーム (2005年、国立オペラ座、リガ)
「パリの炎」ボリショイ・バレエ(2010年) 舞台装置も手がけている。