インキピットという言葉自体はラテン語だが、同様の習慣はその数千年前までさかのぼることができる。たとえばシュメール人の残した粘土板の中には文書の一覧表があるが、その中で文書の題名はすでに冒頭の数語で表されている。一覧表は書記たちの利用に供するために作られたと考えられているが、粘土板の大きさが限られていたことから、長い文書は書くことができず、結果的に冒頭の数語で特定の書物を表すことになった。中東古代史の研究者ラーナー(Frederick Andrew Lerner)は自著においてシュメール人の文書リストにおけるインキピットの例として以下のようなものをあげている。
- 高貴な戦士たち
- 羊の所在
- 野生の牛の所在
- われわれの都市においての
- 過ぎ去った日々の
旧約聖書の元々の書名もほとんどがインキピットである。たとえば『哀歌』はヘブライ語では「エーハー」(אֵיכָה)と呼ばれるが、これは本文冒頭の「いかに」という言葉をそのままとったものである。旧約聖書がギリシア語に訳された時、初めて『哀しい歌』を表す「トレーノイ」(θρῆνοι)という題名がつけられ、ラテン語ではギリシア語を借用して Threni とするか、翻訳して Lamentationes とした。近代ヨーロッパ諸語は、ラテン語にそって訳された。
音楽では冒頭の文句を題として使うのは一般的であり、教会音楽の「レクイエム」「キリエ」「アヴェ・ヴェルム・コルプス」など枚挙にいとまがない。また、モーツァルトのように、自作・他者の作品リストに曲の冒頭の譜例を記すというインキピットも見られた。
中国でも、『詩経』『論語』『孟子』などの古い書籍では冒頭の数文字を篇題としていることが多い。『老子道徳経』の名も「道」と「徳」ではじまる2つの篇から構成されることによる。能筆家の手紙なども『喪乱帖』や『風信帖』のように冒頭の文字を題名にするインキピットの手法が使用された。
近代に入って図書館の制度が発達すると、本を題名によって分類する方法が一般化した。書物に特定の題名をつけず冒頭の数語でこれを呼ぶという慣習は印刷技術の発展で表紙にタイトルをつけることが一般化したことで廃れていった。冒頭の数語に関係なく、本に題名をつける習慣が広まり、国際標準書誌記述(ISBD)として確立したことでインキピットは完全に過去のものとなった。