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イゴール・アキンフェエフ

ロシアのサッカー選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

イゴール・ウラジミロヴィッチ・アキンフェエフIgor Vladimirovich Akinfeev ロシア語: Игорь Владимирович Акинфеев, 1986年4月8日 - )は、ソビエト連邦(現ロシア連邦)・ヴィドノエ出身のサッカー選手ロシアサッカー・プレミアリーグCSKAモスクワ所属。元ロシア代表。ポジションはゴールキーパー

ラテン文字 Igor AKINFEEV
ロシア語 Игорь Владимирович Акинфеев
国籍 ロシアの旗 ロシア
生年月日 (1986-04-08) 1986年4月8日(40歳)
概要 イゴール・アキンフェエフ, 名前 ...
イゴール・アキンフェエフ
CSKAモスクワでのアキンフェエフ(2020年)
名前
ラテン文字 Igor AKINFEEV
ロシア語 Игорь Владимирович Акинфеев
基本情報
国籍 ロシアの旗 ロシア
生年月日 (1986-04-08) 1986年4月8日(40歳)
出身地 ヴィドノエ
身長 185 cm
体重 78 kg
選手情報
在籍チーム ロシアの旗 CSKAモスクワ
ポジション GK
背番号 35
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003- ロシアの旗 CSKAモスクワ 600 (0)
代表歴
2004-2018 ロシアの旗 ロシア 111 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年8月5日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
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来歴

クラブ

6歳以下は入団できないはずのCSKAモスクワ傘下のサッカースクールに、 数十分の練習を見たCSKA関係者が即入団を許可し、4歳で入団[要出典]

2003年にクリリヤ・ソヴェトフ・サマーラ戦で16歳ながらプロデビューを果たした[1]。2003シーズンには13試合に出場し、クラブ初のロシア・プレミアリーグ優勝を17歳で経験した。デビューから2年目の2004年3月には、当時クリリヤ・ソヴェトフ・サマーラ所属のオグニェン・コロマンに対し、乱暴な行為を行ったとして、リーグ戦5試合の出場停止処分を受けるも、シーズンを通して26試合に出場しレギュラーの座を確立した。

2005年にはUEFAカップロシア・プレミアリーグロシア・カップで優勝し3冠を達成、翌2006年には三度目のリーグ優勝を経験し、自身もズヴェズダ・トロフィー英語版を授与された。

しかし、2007年5月にFCロストフ戦で半年間の離脱となる膝の大怪我を負い、クラブもリーグ3位でシーズンを終えた。2008シーズンに復帰すると自身三度目となるロシア・カップを制覇。また、同年からセルゲイ・イグナシェヴィッチに代わってキャプテンを務めることになった[要出典]

以降も正守護神として君臨していたが、2011年8月28日のFCスパルタク・モスクワ戦では、スパルタクFWウェリトンとハイボールの処理の際に激しく衝突してバランスを崩し着地時に左膝の十字靭帯を負傷。再び半年間の離脱を余儀なくされた。

代表

2004年4月28日、親善試合のノルウェー戦で18歳20日にしてロシア代表デビューを果たした。出場機会は与えられなかったもののUEFA EURO2004のメンバーに第3GKとして選出された[2]

UEFA EURO 2008では正GKとして全5試合にフル出場[3]。ロシアのベスト4進出を支えた。

しかし、2011年8月に上述の怪我を負い、UEFA EURO 2012予選の残りの4試合を欠場することになった。この怪我に伴い、2008年6月10日のスペイン戦から続いていた代表戦での連続試合出場は30でストップした。2012年3月に復帰し、UEFA EURO 2012のメンバーにも選出されるも、正GKの座はヴィアチェスラフ・マラフェエフが務め、自身に出場機会は訪れなかった[4]。チームもグループリーグ敗退となった。

2014 FIFAワールドカップでは再び正GKを務め、全3試合にフル出場するも、グループリーグ敗退に終わった[5]

2015年3月27日に行われたEURO2016予選グループGモンテネグロ戦では、開始20秒で観客席から投げ込まれた発煙筒が自身の後頭部に直撃。首に怪我と火傷を負い、ユーリー・ロディーギンと交代した。なお、試合は約35分間の中断を経て再開したものの、両チームの間に混乱が起き、結局中止となった[6]

自身4度目のユーロとなるUEFA EURO 2016でも正GKとして全3試合にフル出場するも、2大会連続のグループリーグ敗退となった[7]

自国開催となる2018 FIFAワールドカップにも全5試合にフル出場[8]。決勝トーナメント1回戦のスペインとのPK戦ではコケイアゴ・アスパスのシュートを防ぎ、大会公式のマンオブザマッチに選出される[9]など、チームのベスト8進出を支えた。

2018年10月1日、ロシア代表からの引退を発表した[10]

個人成績

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クラブ シーズン リーグ カップ 欧州カップ戦 スーパーカップ 合計
試合得点試合得点試合得点試合得点試合得点
PFC CSKAモスクワ 2003 130101020170
2004 2602010010390
2005 2907015010520
2006 280708010440
2007 100205010180
2008 300206000380
2009 3004010010450
2010 2801011010410
2011–12 280404010370
2012–13 290202000330
2013–14 290306010390
2014–15 300206010390
2015–16 3003010010440
2016–17 290006010350
2017–18 2800016000440
2018–19 300005010360
通算 427040012001306010
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代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 111試合 0得点(2004年-2018年)[11]
さらに見る ロシア代表, 国際Aマッチ ...
ロシア代表国際Aマッチ
出場得点
200410
200570
200670
200720
2008120
2009100
201070
201140
201270
201380
2014120
201580
201690
201790
201880
通算1110
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タイトル

PFC CSKAモスクワ

脚注

外部リンク

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