アルゼンチン中部コルドバ州のベル・ビレ(Bell Ville)で生まれた。ブエノスアイレスに移り、ブエノスアイレスの美術学校でイタリアから招かれたホセ・クアランタ(José Quaranta: 1851-1921)に学んだ。その後ティボン・デ・リビアン(Thibon de Libian:1889-1931)やラモン・シルバ(1890-1919)、カルロス・ジャンビアジ(Carlos Giambiagi: 1887-1965)といった若い画家と共に、フランスで修行した印象派のスタイルの画家マルティン・マルハロ(1865-1911)と交流し影響を受けた。
1909年にヨーロッパへ渡りパリを訪れた後、1910年にブエノスアイレスで開かれたアルゼンチン独立百周年記念国際美術展(Exposición Internacional de Arte del Centenario)に油絵を出展した。 1911年に、全国美術展(Salón Nacional)に初出展し、2年後の1913年に受賞作品が買い上げられる「Premio Adquisición」を受賞した。1916年にヨーロッパ留学の奨学金受給の権利を得たが、第一次世界大戦のためアルゼンチンに留まった。1919年に全国美術展で2位に入賞した。1920年に奨学金を受けて、イタリアに滞在した。1921年に結核によりブエノスアイレスで33歳で亡くなった。
生涯を通じて印象派やポスト印象派のスタイルで風景画を描き、故郷のコルドバ山脈や、ブエノスアイレスの植物園「パレルモの森(Bosque de Palermo)」などを描いた。