イングランド、バークシャーのイートンの紋章画家(heraldic painter) の家に生まれた。幼いころから国王ジョージ3世の三女、エリーザベト・フォン・グロスブリタンニエンやクラレンス公(後の国王、ウィリアム4世)らがパトロンになった。イートンやウィンザーの名士の似顔絵を描き、静物画、室内画、風俗画を描いた。動物好きで、動物の生き生きとした動きを描くことができ、有名な動物画家になるエドウィン・ランドシーア(1802-1873)と友人になり、ランドシーアに助言したとも言われている。
1809年に、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会に初めて出展し、その後も時々アカデミーの展覧会やロンドンの民間展覧会「British Institution」やイギリス王立芸術家協会(Royal Society of British Artists)の展覧会に出展した。
風変りな性格で、気が向かなければ絵を描かず、時として完成した作品を売ることを断ったとされる。作品の多くは地元の収集家によって購入された。いくつかの作品は版画にされて出版された。
89歳でイートンで亡くなった。