エドワード・ケアード
From Wikipedia, the free encyclopedia
兄と同じくスコットランド中部・グリーノックの生まれ。グラスゴー大学とオックスフォード大学ベリオール・カレッジで学ぶ。学士号授与試験では首席を取った。1864年から1866年までオックスフォードのメルトン・カレッジの講師に就いた。1866年にはグラスゴー大学の道徳哲学の教授に就任する。1893年、ベンジャミン・ジョウェット(当時のプラトニズム研究の第一人者)の後継として、オックスフォード大学教授に就任する。また、修士号を手にする。トーマス・ヒル・グリーンらと共に新ヘーゲル主義の代表的な人物になった。弟子たちを通じて、イギリスの哲学・神学に大きな影響を与えた。健康上の理由により1904年に講壇から去り、1906年には引退し、ジェームズ・リー・ストラッチャン・デビッドソンに受け継がれた。1892年にD.C.L.(古典文学博士)の名誉学位を受け取る。英国学士院[要出典]とフランス学士院(政治学・道徳学)のメンバーでもあった。
