エマニュエル・リエ

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Emmanuel Liaisの胸像

エマニュエル・リエ(Emmanuel Liais、1826年2月15日1900年3月5日)はフランスの天文学者、植物学者である。長くブラジルで活動した。

シェルブールに造船業を営む裕福な家に生まれた。アマチュア科学者として活動し、気象研究でいくつかの論文を書いた。1854年にパリに出て、パリ天文台で働き、ユルバン・ルヴェリエの助手として、気象の広域からの情報収集のネットワークの構築のために働いた。1858年に日食観測のためにブラジルに渡り、その後長くブラジルに留まることになった。ブラジル皇帝、ペドロ2世と親しくなり、1871年からリオデジャネイロ帝立天文台の所長に任じられ、1874年から1881年の間にも所長を務めた。天文台は1827年に創立されたものではあるが、おもに軍人の教育に使われていたのを研究施設に改組した。1860年に、リエ彗星(C/1860 D1)を発見した。これはブラジルで発見された最初の彗星である。

火星の観測を行い、1865年に火星の暗い模様(アルベドの低い模様)が植生によるもので、運河ではないと推測した。皇帝の要請でブラジルの科学的探検を行った。遠隔地の植物を研究した。採集した植物のいくつかはフランスに送った。1872年に、『ブラジルの気候、地質、動物、植物』("Climats, géologie, faune et géographie botanique du Brésil" :Paris: Garnier Frères, 1872)を出版した。天文台ではマノエル・ペレイラ・レイス(Manoel Pereira Reis)との公開論争により、支持者を失い、1881年に退職し、シェルブールに帰郷した。

1884年と1892年からシェルブールの市長を務めた。南アメリカやアジアから珍しい植物を集め、この庭園は市に遺贈され、エマニュエル・リエ公園(Parc Emmanuel Liais)として残されている。

火星クレータにリエの名が命名されている。

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