1927年バーゼル大学で学位を取得、チューリッヒ大学でグレゴール・ウェンチェルのもとでコンラッド・ブロイラー(Konrad Bleuler)と講師となった。
1935年、湯川秀樹よりも前に、核力をベクトル・ボゾンの交換力で説明する論文を書いたが、パウリに批判されて発表できなかったという話が残っている。
1942年陽電子についての仮説を提案した。
1943年量子電磁力学における無限大の生じる問題に繰り込み(Renormalization)を使う論文をかいたが論文誌にリジェクトされた。
1976年マックス・プランク・メダルを受賞した。