エヴリタニア県
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エヴリタニア県(エヴリタニアけん、ギリシア語: Ευρυτανία / Evritania)、ギリシャ共和国の中央ギリシャ地方を構成する行政区(ペリフェリアキ・エノティタ)のひとつ。県都はカルペニシ。
地理
位置・広がり
西から南にかけてエトリア=アカルナニア県、北はカルディツァ県、東はフティオティダ県にそれぞれ接している。
地勢
県内のほとんどが山地であり、県南部にはスキーで賑わうティンフリストス山があり、パネトリコ山脈が走っている。また、アヘロオス川やアグラフィオティス川、メグドヴァ川などが県内を流れ、イオニア海に注いでいる。また、2004年には、県東部にティンフリストス・トンネルが完成した。
気候
主要な都市・集落
人口3,000人以上の都市・集落には以下がある。
- カルペニシ (カルペニシ市) - 6,775人
エヴリタニア県はギリシャで最も人口の少ない県の一つで、県中部にある県都カルペニシが最大の町である。これに次ぐのは、北部のアグラファ、ラプトプロ(いずれもアグラファ市)がそれぞれ人口約1000人の集落である。
歴史
エヴリタニア県の地域は、紀元前6000年から紀元前5000年頃に、初めて人間が居住し始めた。この地域はやがて共和政ローマの領土に組み込まれ、ローマ帝国の東西分裂後は、東ローマ帝国の統治領となった。一時はフランス人に支配されたが、その後エピロス専制公国に編入され、オスマン帝国に併合された。この時、東部と南部はオスマン帝国の直接統治となったが、アグラファ山脈周辺の地域は、征服が困難であったために、自治権を与えられて支配下に入る形となった。その400年後のギリシャ独立戦争の結果、この地域はギリシャ王国の領土となった。今まで貧しかったこの地域の経済は、それから急激に成長し始めた。第二次世界大戦とギリシャ内戦を経て、1940年代末にようやくこの地域に平和が戻り、経済は復活した。また、農村部の人口が都市に流出し始めたのも、この頃であった。
1947年、エトリア=アカルナニア県から分割されて、エヴリタニア県が成立した。
社会
行政区画

市(ディモス)
エヴリタニア県は、以下の自治体(ディモス、市)から構成される。人口は2001年国勢調査時点。
旧自治体(ディモティキ・エノティタ)

カリクラティス改革(2010年)以前の広域自治体(ノモス)としてのエヴリタニア県は、以下の11の基礎自治体(ディモス)から構成されていた。改革後、旧自治体は新自治体(ディモス)を構成する行政区(ディモティキ・エノティタ)となっている。
| 番号 | デモス | ギリシャ語 | 政庁所在地 | 郵便番号 | 人口(2001年) |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | カルペニシ | Καρπενήσι | カルペニシ | 361 00 | 9,390 |
| 2 | アグラファ | Άγραφα | アグラファ | 360 73 | 3,707 |
| 3 | アペランディア | Απεραντία | グラニツァ | 360 72 | 3,213 |
| 4 | アスプロポタモス | Ασπροπόταμος | ラプトプロ | 360 70 | 2,729 |
| 5 | ドムニスタ | Δομνίστα | クリケロ | 360 76 | 2,163 |
| 6 | ヴィニャニ | Βίνιανη | ケラソホリ | 360 71 | 1,438 |
| 7 | クティメニア | Κτημένια | アヤ・トリアダ | 360 80 | 1,168 |
| 8 | ポタミア | Ποταμιά | メガロ・ホリオ | 360 75 | 1,933 |
| 9 | プルソス | Προυσσός | プルソス | 360 74 | 2,253 |
| 10 | フルナ | Φουρνά | フルナ | 360 80 | 1,542 |
| 11 | フラギスタ | Φραγκίστα | ディティキ・フラギスタ | 360 71 | 2,533 |
- Διοικητική διαίρεση νομού Ευρυτανίας - エヴリタニア県の自治体・集落一覧(1999年 - 2010年)
交通
- 国道38号線
著名な出身者
- パヴロス・バコヤンニス (1935-1989、政治家)
- ステファノス・グラニツァス (1880-1915、作家・記者)
- スピロス・パリウラス (1875-1957、作家)
- ザハリアス・パパンドニウ (1877-1940、作家・記者)