オットー・ナーゲル

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生誕 (1894-09-27) 1894年9月27日
ドイツ、Wedding (Berlin)
死没 1967年7月12日(1967-07-12)(72歳没)
ドイツ、Biesdorf (Berlin)
オットー・ナーゲル
Otto Nagel
1950年ころのオットー・ナーゲル
生誕 (1894-09-27) 1894年9月27日
ドイツ、Wedding (Berlin)
死没 1967年7月12日(1967-07-12)(72歳没)
ドイツ、Biesdorf (Berlin)
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オットー・ナーゲル(Otto Nagel、1894年9月27日‐1967年7月12日)は、ドイツの画家。

オットー・ナーゲル

大工と社会民主主義者の間にベルリンで生まれる。

ステンドグラス職人に学びはじめたが、すぐにやめ、1912年ドイツ社会民主党に入党。

アウグスト・マッケの絵を気に入り、美術に興味を持つようになった。1920年ドイツ共産党に入党。

美術を研究しているうちに、エル・リシツキーケーテ・コルヴィッツを知る。後平和運動に力を入れ、エルヴィン・ピスカトールとともに、美術団体を設立。コルヴィッツやハインリッヒ・ツィレなどと交友関係を結ぶ。

アルノルト・ツヴァイクと 1955年
グローテヴォール首相(中央)金日成首相(右)と 1956年
オットーと妻の墓
オットー・ディクス(右)と 1957年

ナーゲルの描いた作品はナチス政府によって「退廃芸術」に指定され押収され、破棄された。1936年から1937年の間はナチスの強制収容所に投獄されたが、なんとか生き延びることができた。

第二次世界大戦後は東ドイツ活動し、東ドイツ文化協会の共同設立者になった。1956年から1962年の間は、ベルリンの東ドイツ芸術アカデミーの会長を務めた。1967年にベルリン=ビースドルフで没した。

出典

脚注

外部リンク

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