オットー・リューガー
From Wikipedia, the free encyclopedia
ドイツのテンゲン生まれ。カールスルーエ工科大学で学び、学生団体「コルプ・サクソニア」のメンバーであった。その後、勉強のためにヨーロッパを旅した。
土木技術者として
1866年からカールスルーエの水道事業に、1871年からはフランクフルト・アム・マインの水道事業に携わる。1874年からはフランクフルト土木事務所を率い、後にフライブルク・イム・ブライスガウの土木事務所も率いた。
1878年からはシュトゥットガルトでフリーのエンジニアとして働き、バーデン・バーデン、フライブルク・イム・ブライスガウ、プフォルツハイム、ラーなどで主に水道施設を建設した。
大学の教授、技術百科事典を出版
1895年からシュトゥットガルト工科大学の助教授、1903年から水力工学の正教授となる。『技術百科事典(Lexikon der gesamten Technik)』の初代編集者である。
1911年5月2日にシュトゥットガルトで死去。シュトゥットガルトのプラグフリードホーフ墓地に埋葬されている。


