オレグ・カガン
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1946年、極東のユジノサハリンスクで生まれた。1953年に一家でラトビアのリガに移住し、7歳でリガ音楽院に入学してヨアヒム・ブラウンに師事した。その後13 歳のときにボリス・クズネツォフの目にとまり、1959年にモスクワ中央音楽学校に入学。1964年からはモスクワ音楽院で学び、クズネツォフとダヴィッド・オイストラフの薫陶を受けた。特にクズネツォフの死去後はオイストラフのクラスに移り、愛弟子として私的にも親しい関係を育んだ。
コンクールに参加して数々の賞を授与されており、1964年にはブカレスト・エネスコ・コンクールにおいて4位を、1965年には、ヘルシンキ・シベリウス・コンクールにおいて第1位とチャイコフスキー・コンクールにおいては第2位を、1968年にはライプツィヒ・バッハ・コンクールにおいて第1位を獲得した。
チェリストのナターリヤ・グートマンと結婚し、たびたび共演する機会を持った。1969年からはスヴャトスラフ・リヒテルを室内楽の定期的なパートナーとして活動を続けた。いわゆる「リヒテル・ファミリー」の中核的な存在だった。バイエルン州のヴィルバート・クロイト(de:Wildbad Kreuth)において音楽祭を主催し、このファミリーとの共演で親密な演奏を聴かせた。
1990年、癌のため43歳で死去した。ヴィルバート・クロイトでの音楽祭は彼の生前の功績を讃えてオレグ・カガン国際音楽祭と改名され、妻のグートマンやリヒテルなどによって継承された。