カピトーリーヌスの三神
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三神
カピトーリア
ユーピテル、ユーノー、ミネルウァに献じられた神殿は「カピトーリア」と呼ばれ、イタリアのみならず属州の丘や小高い場所に数多く建てられた。特にアウグストゥスに始まるユーリウス=クラウディウス朝期に建てられたものが多い。カピトーリアの多くは三重の内陣 (cella) を備えている。イタリアの外に作られたカピトーリアのうち最初期のものはエンポリオン(現在のスペイン・アンプリアス)に建てられたものである[2]。オウィディウスによれば、同地にはテルミヌスの神殿もあり、境界標の神であるテルミヌスがその場を離れることを拒んだことから共に祀られるようになったという[3]。
カピトーリウム(カピトーリアは複数形)という語はもとはローマの七丘の一つカピトーリーヌスの丘(現在のカンピドリオ)にあったユーピテル神殿のことを指す語であったが、のちに広くカピトーリーヌスの三神に献じられた神殿のことを指すようになった。ユーピテル神殿は共和政ローマが成立する前、王政ローマの最後の王ルーキウス・タルクィニウス・スペルブスの治世に建てられたものである。カピトーリーヌスの三神は三柱一組とされてはいるが、それぞれ個別の内陣に祀られており、ユーノーは左、ミネルウァは右、ユーピテルは中央の内陣に鎮座する。神殿は基壇と4柱式のプロナオスを備えていた[4]。
クィリーナーリスにあったカピトーリウム・ウェトゥスもカピトーリーヌスの三神を祀っていたが、こちらの創建はユーピテル神殿よりも古く、1世紀末の詩人マールティアーリスの頃に至ってもローマのランドマークであった[5]。
