カムプーン・ブンタウィー

From Wikipedia, the free encyclopedia

ペンネーム カムプーン・ブンタヴィー(คำพูน บุญทวี)、クラーム・クワンプレーオ(คร้าม ควนเปลว)、ポンプリン(พงศ์พริ้ง
職業 小説家
カムプーン・ブンタヴィー
คำพูน บุญทวี
ペンネーム カムプーン・ブンタヴィー(คำพูน บุญทวี)、クラーム・クワンプレーオ(คร้าม ควนเปลว)、ポンプリン(พงศ์พริ้ง
誕生 1928年6月26日
タイ王国の旗 タイ ヤソートーン県
死没 2003年4月4日
タイ王国の旗 タイ
職業 小説家
国籍 タイ王国の旗 タイ
代表作 『ルーク・イーサン(邦題 東北タイの子)』
主な受賞歴 東南アジア文学賞タイ王国国家芸術家(文学)
ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

カムプーン・ブンタヴィーคำพูน บุญทวี, 1928年6月26日 - 2003年4月4日)はタイ王国小説家。東北タイ(イーサーン)の民衆の生活、監獄の囚人を題材にした短編・長編小説が知られている。1979年に、『ルーク・イーサン(邦題 東北タイの子)』で東南アジア文学賞 (タイ)を受賞。2001年に、文学部門におけるタイ王国国家芸術家の指定を受ける。

カムプーン・ブンタヴィーは、1928年6月26日 ヤソートーン県(当時ウボンラチャタニー県)サーイムーン郡バーン・サーイムーンで、父サニット・ブンタヴィー、母ルン・ブンタヴィーの七人の子供の長子として生まれ、もとの名をクーンといった。カムプーンは、郡のプリチャーバンチット校の高校課程を卒業すると、東北タイで舞踊楽団長、薬行商人と様々な職に就いた。その後バンコクに出て来ると、クロントーイ港の日雇労働者、競走馬の飼育係、人力車の車夫などの職を転々とした。やがて教員試験を受けて南部タイで仕事を見つけると、サトゥーン県などで11年間小学校の教員として働いた。その後刑務所の獄史の転職。1961年プラピート・ナ・パンルンと結婚、後6人の男子をもうける。40歳頃に刑務所の仕事を辞める。

カンプ-ンはまだ獄吏をしていた1970年に、小説を書き始めた。当時貧しかったが、本を読み続け、最初の短編小説「深淵の恋」を書き終え、当時アーチン・パンジャパンが編集長を務めていた文芸誌「ファー・ムアン・タイ」に送った。アーチンは題名を「田舎の子物語」として発表、さらに次作長編小説「人間 百の監獄」の製作を勧めた。

作品

晩年

翻訳

Related Articles

Wikiwand AI