自動車ディーラー
新車や中古車を小売する事業者、特に自動車メーカーと特約店契約を結んだもの
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歴史
- 自動車ディーラー登場以前
自動車の販売はその最初の時期、メーカーによる直販が行われていた。
日本でも、四輪車に参入当初の本田技研工業は販売網が整備されておらず、埼玉県狭山市や三重県鈴鹿市の工場に、事前に取得したナンバープレートと代金を持ち込んで購入するという方式が取られていた(したがって、当時のホンダ車は価格が「販売店渡し」と「工場渡し」の2種類だった)。
アメリカ合衆国
- 初期の自動車ディーラー
アメリカ合衆国では、もともと自転車店を経営していたウィリアム・メッツガー(William E. Metzger)が、イギリスで開催された世界初の自動車ショーを見たことで感動し、自転車店から手を引いて1897年に米国最初の自動車小売ショールーム (automobile retail showroom)をデトロイトで開設したとする記録がある。彼の店では当初、電気自動車ブランドであるWaverley Electric を販売し[1]、その後は蒸気車 (steamer) やガソリン車も扱うようになり、同国における自動車流通の先駆的なディーラー (販売店)のひとつとなった[1]。 1889年にはFred Kollerもペンシルベニア州レディングにて自動車専業のディーラーを設立した、ともされる[2]。
1903年1月には、フォード(Ford Motor Company)の最初のディーラーとして、William L. Hughson による販売店がカリフォルニア州サンフランシスコで開店し、大繁盛し、当時のフォード社はオリジナルの「Model A」を製造していたわけだが、それが良く売れてフォード社の業績は伸び、ヘンリー・フォードはフォード社の副社長に選出されることになったd[3]。 このようにして20世紀初頭に「メーカー → 独立ディーラー → 顧客」という流通チャネルが体系化され始め、以降ディーラー網が急速に拡大してゆくことになった。
- 組織化など
1917年には、アメリカのディーラーらがNational Automobile Dealers Association (NADA) を結成。これは自動車ディーラーの利益保護、業界標準の確立、政策提言などを目的とした全国組織であった[4]。NADA の設立により、ディーラーはただの小売業者から、産業と政策の両面で影響力を持つ組織へと変貌した。たとえば議会へのロビー活動や、流通制度の法的整備、中古車価格指標の整備などを通じて、アメリカにおけるディーラー制度の基盤が強固になっていった[5]。
その後、自動車普及率が上昇するにつれ、カーディーラーは単なる"新車小売店"ではなく、サービス部門の充実(整備・修理・部品供給)、中古車流通、ローンやリースサービスの提供など、ディーラーの機能は多様化・高度化し、"モーターライフ"を支えるうえで重要な拠点となっていった。
ヨーロッパ
1924年にスイスのチューリッヒでEmil Frey Group が創業され、後にドイツ、オランダ、ポーランド、チェコ、フランスなど数多くの国に拠点を展開し、「欧州における大手ディーラーグループ」の代表となった。
日本国内の自動車ディーラー
日本の自動車雑誌などでは、メーカー系列に属する新車販売店の中古車部門で売られている中古車を「ディーラー系中古車」と呼び、メーカー系列に属さない独立系販売業者の中古車と区別している(ディーラーであっても、中古車に関しては特約メーカー以外の車も買取、販売することが多い)。
なお、本稿では日本国内で展開している自動車ディーラーについて述べる。日本国外の自動車メーカーについてはその日本法人と正規輸入代理店のみ記述する。
日本の自動車メーカーの新車ディーラー
日本では、自動車メーカー、及びメーカーの制定した販売チャネル毎(車のカテゴリー、顧客層など)になっている。ただ、市場構造の変化などで、1990年代から販売チャネルを統合する動きが出ており、全販売チャネルで全部の車種を扱うかたちに変更したり、県単位で存在する販売会社を地域ごとに広域統合するメーカーもある。
運営法人は、自動車メーカー自身で経営する「メーカー系」と、地域の有力者や企業の出資でディーラー権を取得し経営する「地場系」の2つに分類される。
自動車の価格は耐久消費財の中では比較的高額であり、日本では自動車の販売取引行為に際して官公庁の検査や諸登録が必要であることなど、販売形態が特殊であることから、家電量販店やディスカウントストアなどのような、複数メーカーの新車販売を大規模に扱う販売店(外国で言うメガディーラー)は出現していない。一部の自動車整備業や農業協同組合(JA)、独立系中古車販売店は新車ディーラーから取り寄せる形で、小規模ながら複数のメーカーの新車(主に軽自動車)の販売を行う場合があり、これらは「サブディーラー」(副代理店)(販売会社やメーカーにより「販売協力店」、「特約店」など様々な呼び方がある)と呼ばれる。この他、地場系ディーラーの場合は複数メーカーの販売会社を同一資本下で展開することも見られる。
トヨタ
- トヨタブランド
- トヨタ店
- トヨペット店
- トヨタカローラ店(旧:トヨタパブリカ店)
- ネッツ店(旧:トヨタオート店、後にトヨタビスタ店も統合)
- 上記チャネルを運営している企業間の経営統合により複数チャネルが統合、または企業の商号変更により上記チャネル名を変更したディーラー[注釈 1]。
- トヨタモビリティ
- トヨタモビリティ東京
- トヨタモビリティ富山
- トヨタモビリティ中京
- トヨタモビリティ東名古屋[6]
- トヨタモビリティ釧路[7]
- トヨタモビリティ滋賀[8]
- トヨタモビリティ新大阪[9]
- トヨタモビリティ神奈川(屋号のみ変更。社名は存続会社となった「神奈川トヨタ自動車」)
- トヨタユナイテッド / ユナイテッドトヨタ
- 上記4チャネルの内、複数チャネル名称を掛け合わせた商号、屋号に変更したディーラー
- 上記4チャネルとは関連の無い商号、屋号に変更したディーラー
- トヨタS&D西東京(個人向け事業を展開)
- トヨタS&Dフリート西東京(法人向け事業を展開)
- ウエインズトヨタ神奈川
- NTPトヨタ信州[13]
- その他、特筆性の高いディーラー
- 沖縄トヨタ自動車(経営統合後、存続会社の社名を維持したが、全店舗の屋号を「トヨタウン」に統一)
- NTP名古屋トヨペット(経営統合後、商号と屋号に「NTP」を加えた)
- ひだかトヨタ自動車販売 (各都道府県の特定エリアのみの複数チャンネルを統合した会社)
- 東かがわトヨタ自動車販売(同上)
- トヨタモビリティ
- レクサスブランド
- レクサス店
日産
2007年2チャネル体制を廃止した。
- (旧)ブルーステージ
- (旧)レッドステージ
- (旧)レッド&ブルーステージ
- 日産ハイパフォーマンスセンター
現在は、日産ハイパフォーマンスセンターでのみ販売・点検が行われるGT-R以外は全店が全車種を取り扱う。
ホンダ
三菱
マツダ
ダイハツ
スズキ
スバル
- スバル店
- スバルショップ
いすゞ
光岡
日本国外の自動車メーカーの日本法人およびディーラー
ディーラー(輸入元・販売元)の移り変わりが激しいのが特徴である。
1981年、BMWが、輸入車メーカーとしては初の日本法人「BMW JAPAN」を設立した[注釈 2]。日本でのビジネスを輸入代理店任せにしないで自分の力で展開しようという意思表明であった。
1990年代以降、メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲンも日本法人を設立し、日本での販売体制を整えていった。
1990年代後半以降になり、バブル崩壊を経て、日本での販売の主導権はメーカーが掌握することとなった。現在では、ほとんどのメーカーが日本法人を設立し、ブランド力やサービス品質の向上に努めている。
その一方、ディーラーを運営する会社も、メーカーからの高度な要求に応えられる経営体力や販売能力が要求されるようになり、2000年代に入ってからは各ブランドにおいて、これらの要求に対応できないディーラーの閉鎖・撤退・経営譲渡・ディーラー権解除が続出している。2010年代に入ってからは、メーカーの主導で、販売力の強い会社に複数の地域での販売を任せるようになっている。ディーラー会社も様々な生き残り戦略を実行しており、首都圏や大都市圏に進出したり、複数の小規模ディーラー会社をM&Aで買収し経営規模を巨大化させたりしている。
かつては日本車ディーラーで輸入車を取り扱っていたことがあり(三菱ギャラン店におけるメルセデス・ベンツ、ホンダ販売会社におけるジープなど)、その名残で日本車ディーラーの関連会社に輸入車ディーラーが名を連ねていることがある。また、外国メーカーと提携しているメーカーのディーラーの場合、提携先のディーラーを運営することもある(例:ルノーのディーラーは各地の日産販売会社が運営)。
イギリスのケータハムカーズの国内ディーラーだったエスシーアイの親会社(VTホールディングス)が子会社している。
ゼネラルモーターズ
フォード・モーター
クライスラー/ジープ/ダッジ
メルセデス・ベンツ / スマート
フォルクスワーゲン
- フォルクスワーゲングループジャパン
- フォルクスワーゲン店[注釈 8]
ベントレー
- フォルクスワーゲン グループ ジャパン
BMW / MINI
アルピナ
- ニコル・レーシング・ジャパン[注釈 10]
アウディ
- フォルクスワーゲン グループ ジャパン
- ヤナセオートモーティブ
ポルシェ
ボルボ・カーズ
ジャガー、ランドローバー
- ジャガー・ランドローバー・ジャパン
ルノー
プジョー
- Stellantisジャパン[注釈 11]
シトロエン
- Stellantisジャパン[注釈 11]
DS
- Stellantisジャパン[注釈 12]
現代自動車
- Hyundai Mobility Japan 株式会社(2022年「ヒョンデ」読みで再参入時はオンライン販売のみ、旧ヒュンダイモータージャパン)
フィアット、アルファ・ロメオ、アバルト
- Stellantisジャパン
- ウイルプラスチェッカーモータース
- ガレーヂ伊太利屋[注釈 13]
フェラーリ
- フェラーリ・ジャパン
- コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド(マセラティ、ロールス・ロイス、ベントレーも販売)
プロトン
- キャロッセ
マセラティ
- マセラティ・ジャパン
ランボルギーニ
- フォルクスワーゲン グループ ジャパン
- Cornes AG
ロータス
TVR
ブガッティ
- ブガッティジャパン
テスラ
- テスラモーターズジャパン
RUF
- RTC
スカニア
- スカニアジャパン
アストンマーティン
- アストンマーティン・ジャパン・リミテッド
その他のディーラー
部品
一部の自動車メーカーでは自動車販売ディーラーとは別途、自動車部品の販売業務を専門とする自動車部品販売専門のディーラー網を設けている[注釈 14]。(以下、部品ディーラー)
これらの部品ディーラーは自動車メーカーとの間で部品販売に関する特約店契約を結んでいる。全国を1社でカバーする場合もあるが、部品ディーラーによっては地域単位または都道府県単位で設置され、各自動車販売ディーラーのサービス部門や一般の自動車部品販売店・カー用品店・自動車整備工場へ部品供給を行っている。
主な取扱商品は、言うまでもなく特定の自動車メーカー製の純正部品であるが、一部メーカーでは自動車メーカー自身が開発し他メーカー車にも対応したプライベートブランド[注釈 15]による自動車部品が各部品ディーラーの拡販の為に積極的に活用されている。
なお、部品ディーラー網を特に設けていないメーカーや、地域や都道府県によっては自動車販売ディーラーが部品ディーラーを兼ねている。
アフターサービス
日本では輸入車の一部しか見られないが、自動車メーカーとの間でアフターサービスに関する業務のみの特約店契約を結んだアフターサービス専門業者が存在する。駆け込み寺よろしく「寺」と略称されることがある。
主に自メーカーの販売拠点の存在しない都道府県において、ユーザーにアフターサービスを提供する目的の為[注釈 16]に設置される。
元々は自動車販売ディーラーだったが、メーカーの日本市場からの販売業務撤退によって販売権を失うものの、アフターサービス業務はそのまま継続する、といったケースもある。