ガストン・ジュリア
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ガストン・モーリス・ジュリア Gaston Maurice Julia | |
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犬を抱くグスタフ・ヘルグロッツ(左)とジュリア | |
| 生誕 |
1893年2月3日 |
| 死没 |
1978年3月19日(85歳没) |
| 国籍 |
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| 研究分野 | 数学 |
| 研究機関 |
エコール・ポリテクニーク パリ大学理学部 |
| 出身校 | パリ大学 |
| 博士課程指導教員 | エミール・ピカール |
| 主な業績 | ジュリア集合 |
| 主な受賞歴 | 科学アカデミー(1934年) |
| プロジェクト:人物伝 | |
ガストン・モーリス・ジュリア(仏: Gaston Maurice Julia 、1893年2月3日 - 1978年3月19日)は、フランスの数学者。彼の名に因むジュリア集合で広く知られている。
ジュリアは子供の頃から数学に興味を持っていたが、彼が20歳の時に第一次世界大戦が勃発し、徴兵された為学業を中断。従軍中に顔に重傷を負い、鼻を失ってしまう。何度も整形手術を受けたが上手く行かず、生涯に渡って鼻のあった所に革製の覆いを付けて暮らした。負傷時に知り合った看護婦マリアンヌ・ショーソン(作曲家エルネスト・ショーソンの娘)と結婚し、ジュリア・リスゴーオレフィン化の発見で知られるマルク・ジュリアなど6人の子に恵まれた。物理学者のベルナール・ジュリアは孫。