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キーウ大学

ウクライナの大学 From Wikipedia, the free encyclopedia

キーウ大学(キーウだいがく、ウクライナ語: Київський національний університет імені Тараса Шевченка、英語: Taras Shevchenko National University of Kyiv、略称: KNU)は、ウクライナの首都キーウに所在する国立大学である。かつてはロシア語表記および読みの「キエフ大学」として知られていた。ウクライナを代表する詩人・芸術家タラス・シェフチェンコの名を冠しており、「タラス・シェフチェンコ大学」とも呼ばれる。1834年に創設され、リヴィウ大学、ハルキウ大学に次ぐウクライナで3番目に古い大学であり、国内最高峰の高等教育機関として評価されている[1]。

別名 KNU
モットー Utilitas honor et gloria(ラテン語:功利、名誉、栄光)
種別 国立
設立年 1834年
概要 別名, モットー ...
キーウ大学
Київський національний університет імені Тараса Шевченка
(キーウだいがく)
キーウ大学の紅棟
ラテン語: Taras Shevchenko National University of Kyiv
別名 KNU
モットー Utilitas honor et gloria(ラテン語:功利、名誉、栄光)
種別 国立
設立年 1834年
創立者 ニコライ1世
所在地 ウクライナ
キーウ
北緯50度26分30.85秒 東経30度30分40.73秒
キャンパス 都市型
学部・研究所 14学部、6研究所
公式サイト https://knu.ua/
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設立・沿革

キーウ大学の起源は、1632年に設立されたキエフ・モヒラ・アカデミーに遡る。現在のキーウ大学は、1834年にニコライ1世によって「帝立聖ウラジーミル大学」として設立された[2]。設立当初は哲学部のみで、歴史・文献学科と物理・数学科の2学科に62人の学生が在籍していた。1835年に法学部、1847年に医学部が追加され、哲学部は後に歴史・文献学部と自然科学部に分離した。1920年代まで新たな学部は追加されなかった。

1917年のウクライナ・ソビエト戦争では、多くの学生がボリシェヴィキ軍と戦い、特に1918年1月29日のクルーティの戦いでの学生部隊の犠牲は、現在も追悼されている。

1920年に大学はミハイロ・ドラホマノフ(英語版)大学と改称されたが、1939年にタラス・シェフチェンコの名を冠し、現在の名称となった[3]。第二次世界大戦中はカザフスタンのキジルオルダ(英語版)に疎開し、ハルキウ大学と統合して「ウクライナ国立大学」を形成。1943年にキーウが再びソ連軍に占領されると、大学は再建され、1944年に授業を再開した[3]。

1991年のウクライナ再独立後は、同国を代表する高等教育機関として、研究と教育の中心地となっている。1960年代以降、120カ国以上から2万人以上の留学生を受け入れており、卒業生は医師、エンジニア、外交官など多岐にわたる[4]。

組織・教育体制

学生数は約3万人[5]。大学は14学部と6研究所で構成され、多様な学問分野で専門家を育成している。以下は現在の学部と研究所の一覧である[6]:

  • 化学部
  • コンピュータサイエンス・サイバネティックス学部(英語版)
  • 地理学部
  • 地質学研究所(英語版)
  • 経済学部
  • 情報技術学部(英語版)
  • 歴史学部
  • 法学研究所(英語版)
  • 力学・数学部
  • 哲学部
  • 物理学部
  • 放射物理・電子・コンピュータシステム学部(英語版)
  • 社会学・心理学部
  • 進学準備学部(英語版)
  • 文献学研究所(英語版)
  • ジャーナリズム研究所(英語版)
  • 国際関係研究所(英語版)
  • 軍事研究所(英語版)
  • 大学院教育研究所(英語版)
  • 生物学・医学研究所(英語版)

大学は国際大学協会(英語版)や欧州大学協会に加盟し、40カ国以上の400以上の大学と提携している[7]。主な提携大学には、北京大学、モスクワ大学、ワルシャワ大学、ピッツバーグ大学などがある。

キャンパス

紅棟(英語版)
黄棟(ウクライナ語版)

キーウ大学の主なキャンパスはキーウ市中心部に位置し、以下の主要な建物で構成される:

  • 紅棟(Red University Building):1837~1843年にヴィンセント・ベレッティ(英語版)によってロシア後期古典主義様式で建設された。赤い外壁と黒い柱は聖ウラジーミル勲章(英語版)の色に由来し、大学のモットー「功利、名誉、栄光」を象徴する[8]。
  • 黄棟(Yellow Building):1850~1852年に建設され、現在は人文学部が使用。歴史的な第一ギムナジウムの建物で、ミハイル・ブルガコフらが学んだ[9]。
  • マクスィモヴィッチ図書館:1939~1940年に建設され、約350万冊を所蔵するウクライナ最大の研究図書館。
  • フォミン植物園:1839年に設立され、約1万種の植物を擁する。温室は世界最大級の高さ33メートルを誇る[10]。
  • 天文台:1845年に設立され、科学研究に貢献している。

2024年11月3日、ロシアのドローン攻撃により、国際関係研究所とジャーナリズム研究所の建物が被害を受けた[11]。

ランキング

キーウ大学は国内外で高い評価を受けており、以下のランキングで上位に位置している:

著名な関係者

キーウ大学は多くの著名人を輩出している。以下はその一部である:

登場作品

脚注

外部リンク

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