クリストヴァン・アコスタ

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著書に載せられた肖像

クリストヴァン・アコスタ(Cristóbal Acosta または Christóbal Acosta または Cristóvão da Costa 、1515年1594年)はポルトガルの医師である。インドで医師として働き、アジアの植物を研究した、最初期の人物である。アジアの植民地で働いた、薬学者のトメ・ピレス(Tomé Pires)や医師のガルシア・デ・オルト(Garcia de Orta)と並んで、ポルトガル領インドの医学の歴史において重要な人物である。

著書でChristoval Accosta Africanoと名乗っていることから、出身地はアフリカの西沖合いのポルトガル領のカーボベルデなどと考えられているが正確な生地、生年は知られていない。1550年に兵士としてアジアに派遣され、何度か現地人との戦いに参加した。一度は捕虜になるが、ベンガルで釈放された。ポルトガルに戻った後、インド副王に任命されたルイス・デ・アタイデに従い、1568年にインドのゴアに渡り、同年ガルシア・デ・オルトが没した後に副王の個人医としてコーチンの王立病院の医師に任じられた。コーチンの病院でコーチンの王の治療を行い、アタイデが副王を後任にゆずりアコスタがポルトガルに戻る1572年までインド各地の植物の収集を行った。1586年から1587年まで軍医として働き、その後スペインのブルゴスで医師をした。

ブルゴスで1587年にスペイン語の『東インドの薬品について』("Tractado de las drogas y medicinas de las Indias orientales")を出版し、この書の一部はカロルス・クルシウスによってラテン語訳され、後にクルシウスの"Exoticorum libri decem"にまとめられた。

アコスタの著作も、出版されていたガルシア・デ・オルトの著書、『インドの薬に関する対話』("Colóquios dos Simples e Drogas da India")から多くの転載がみられるが、ガルシアの著書より有名になった。

著書

参考文献

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