ケリー・ウォルシュ・ジェニングス
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来歴
高校時代はサンノゼのArchbishop Mitty High Schoolで学校代表として活躍。スタンフォード大学時代は1996年と1997年に国内タイトルを獲得した。
2000年シドニーオリンピックはバレーボールで出場し4位に入賞[1]。その後、ビーチバレーに転向し、ミスティ・メイトレーナー(アテネ五輪の時点ではミスティ・メイ)とのペアで出場したアテネオリンピック(2004年)および北京オリンピック(2008年)において、2大会連続で1セットも落とすことなく金メダルを獲得した(以上、ケリー・ウォルシュとして出場)。
2006年、アメリカ国籍の女子ビーチバレー選手としては史上4人目となる、獲得賞金総額100万ドルを達成した[1]。
北京五輪後、男子ビーチバレー選手のケーシー・ジェニングスと結婚し、2009年と2010年にそれぞれ男児を出産した[4]。
2011年、ミスティとのペアが復活。
2012年、ロンドンオリンピック(ケリー・ウォルシュ・ジェニングスとして出場)において、わずか1セットを落としたのみで、オリンピック三連覇となる金メダルを獲得した。これが通算、109回目の公式戦優勝(ミスティに次ぐ歴代2位)[5]。
ミスティはロンドン五輪限りで公式戦からの引退を表明しているが、その代わりとなる新パートナーについて尋ねられた際、「候補がいないと言ったら嘘になりますが、今日のところはこの勝利を満喫させて下さい」と、具体的な名前は出さなかった[6]。
