帰国後はハワード・スケンプトンらとともに、実験的演奏集団「スクラッチ・オーケストラ」の創設者のひとりとなる。純粋に心理学的に解釈される図形楽譜を用いた《論文 Treatise 》、儒学思想に基づき即興演奏が展開される《大学 The Great Learning 》などの作品で著名となる。
英国政界の極左グループに属し、様々な社会問題にも活動した。(マルクス・レーニン主義を綱領とする)英国革命共産党の共同創設者でもある。このため後に前衛音楽を棄て、後期ロマン派音楽の調的な様式によって作曲するかたわら、著書『シュトックハウゼンは帝国主義の手先』を執筆した(1974年)。長らくマルクス主義や毛沢東主義の宣伝工作に献身し、しばしば伝統的なイングランド民謡を引用して数多くの歌曲を創作(《社会契約なんかぶっ飛ばせ 'Smash the Social Contract' 》《偽りは一つ、真実も一つ 'There Is Only One Lie, There Is Only One Truth' 》)。芸術家としてより政治家としての活動が多くなった。