18世紀末~19世紀初めにかけて、ナドテレチヌイ地区ケニ・ユルト村には、反ボリシェヴィキで、ロシア王党派、イスラム教スーフィー教団派に属するデニ・アルサノフ(1851年 - 1917年)が住んでいた。彼は、ロシア構成下での北カフカーズの存在と、ロシア人との共存を主張していた。彼の死後、次男のバハウディン・アルサノフが教団を継ぎ、1930~1940年代、反ソ闘争を展開した。
これらの歴史的経緯により、ナドテレチヌイ地区のチェチェン人は、他の地区のチェチェン人とは異なる対ロシア人感情を有しており、後のチェチェン戦争での彼らの行動に大きな影響を及ぼしている。
ザーパド大隊の前身は、1990年代初めにサイード=マゴメド・カキエフが創設した反ドゥダエフ派の武装部隊である。1993~1994年、この部隊は、親露派であったナドテレチヌイ地区(チェチェン北西部)長ウマル・アウトゥルハノフに従属し、独立派との戦闘に積極的に参加した。
1994年11月、野党勢力によるグロズヌイ襲撃は失敗に終わったが、カキエフの部隊の活躍は、ロシア連邦軍の目に止まり、以来、GRUの支援を受けられるようになった。
第1次チェチェン戦争時、同部隊は、連邦軍側で戦った。1996年8月、独立派によるグロズヌイ襲撃時、同部隊は多くのベテランを失った(約30人)。1996年8月のハサヴユルト合意後、カキエフと連邦派は、チェチェンを離れた。1999年秋の第2次チェチェン戦争開始後、彼らは帰国した。
1999年末、カキエフの部隊から、第2次チェチェン戦争後最初の親露派チェチェン人部隊である第42自動車化狙撃師団特殊任務中隊が編成された。同中隊には、カキエフ自身の外、ナドテレチヌイ地区出身者、並びに親露派の元軍人・民警(警察官)が入った。2003年11月、中隊はザーパド大隊に改編された。