JR奈良駅周辺土地区画整理事業は1988年2月5日に都市計画決定が成された。駅西口にはロータリー北にホテルを核とした再開発ビル、ロータリー南側には百貨店を核とする商業施設、駅向かいには市民ホールが計画された。1989年にはシルクロードタウンをメイン会場として1998年に建築家の黒川紀章を総合プロデューサーとする世界建築博覧会を開催することを発表。この為、駅西側には著名な建築家による建築が多数計画された。
バブル期に各地で計画された再開発計画の例に漏れず、バブル崩壊後にはシルクロードタウン計画も難航することとなった。
不況のあおりを受け、世界建築博の開催予定年であった1998年になっても、ダイエー系のオリエンタルホテルと三井不動産系の三井不動産ホテルマネジメントが競った結果、三井ガーデンホテルが進出することとなった再開発ビルと、市民ホール「なら100年会館」、コミュニティ住宅と称する市営住宅が完成した以外、ほとんどの敷地が更地のままであった。この為、市は世界建築博の開催を「2010年までに開催」に変更。1999年には開催そのものを中止した。
百貨店の誘致も難航し、2000年12月に奈良そごうが閉店すると、誘致はより困難なものとなり、2001年には誘致そのものが中止され、百貨店誘致検討委員会も解散となった。
2005年、奈良市は百貨店誘致予定地で遊休地となっていた南側の土地に教育センターや保健所を含む複合施設の建設を発表。また、2007年には同じく百貨店誘致予定地の北側の遊休地に外資系ホテル「コートヤード・バイ・マリオット」の誘致を発表。両方とも平城遷都1300年にあたる2010年の完成を目指していた。駅東側では、ジェイアール西日本不動産開発による再開発ビル「JR奈良駅NKビル」が2009年2月に開業。2010年には奈良駅の完全高架化(2008年6月に一部高架化)も計画されており、奈良市の玄関口としての整備が続けられているが、遊休地への外資系ホテルの誘致が2009年に頓挫するなど、2008年以後の世界的な経済不況の影響を受けており、西口は未だに広い遊休地が残る状態である。