ジェーン・サビル
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サビルは、子供のころから水泳、ライフセービングそして競歩を行ってきた。1990年にブルガリアのプロヴディフで行われた世界ジュニア選手権の5000m競歩で13位となるが、2年後の大会を目指し練習に励み、1992年の同大会では2位と、国際大会で初めての表彰台となった。
サビルは、1996年アトランタオリンピックでは10km競歩に出場し、45分56秒で26位と目立たない成績であった。1998年のマレーシアのクアラルンプールで開催されたコモンウェルスゲームズの10km競歩では、43分57秒で優勝し、大きな国際大会で初めての金メダルを獲得。2年後の2000年、サビルの地元で行われたシドニーオリンピックでも20km競歩に出場。トップをキープし金メダル目前であったが、ゴール直前、スタジアムの外からトラックに向かうトンネルの中で3度目の歩形違反を言い渡され失格となり、サビルは泣き崩れた。後に、「銃で撃たれた感じ」と感想を述べている。
2001年のエドモントンで開催された世界選手権でも、前年に続いて失格に終わったが、翌年の2002年のマンチェスターで行われたコモンウェルスゲームズでは、20km競歩で前回大会に続いて2連覇を果たした。
2004年、3大会連続のオリンピックとなったアテネオリンピックでは、20km競歩で、1時間29分25秒で3位となり、銅メダルを獲得。2000年の悔しい結果を少しだけ挽回することができた。
2006年、メルボルンで行われたコモンウェルスゲームズでは、オーストラリア選手団の旗手を務める。競技でも、出場した20km競歩で3連覇を達成。なお、妹のナタリー・サビルが2位に入り、姉妹で金銀を独占している。2007年には、大阪で行われた世界選手権に出場したが失格に終わっている。
2008年には4大会連続となる北京オリンピックに出場。しかし、トップから5分近く遅れる1時間31分17秒で20位に終わっている。