ジャコモ・ファッコ
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パドヴァとヴェネツィア近郊の集落マルサンゴに生まれる。1705年よりスペインのシチリア副王であったロス=バルバセス侯カルロ・アントニオ・スピノラのパレルモでの宮廷の合唱指揮者・ヴァイオリン奏者となった。1708年にスピノラの宮廷がメッシーナに移るとそれに従った。当時はスペイン継承戦争の最中で、メッシーナでファッコはフェリペ5世の勝利を称える作品を作っている。1720年にポルトガルの宮廷のオファーを断って、スペインの宮廷音楽家となった。最初はルイス王子(後のルイス1世)にクラヴィコード教師として仕え、次にフェルナンド王子(後のフェルナンド6世)に仕え、1731年以降はカルロス王子(後のカルロス3世)の教師を務めた。マドリードで死去。