ジャワのマンゴ売り
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1941年に太平洋戦争が開始され、日本軍が東南アジア各地を占領するニュースが次々に舞い込むと、日本国内に南洋幻想とでも言うべき、それら南方のエキゾティックな事物への憧れや関心が高まるようになってきた。レコード業界にも当然そういう需要が舞い込み、作曲者の佐野は新聞や雑誌などでヒントを得て「南の幻想」という一連の軽音楽作品シリーズを発表していった。
1942年に佐野は、新聞で見たビルマ人の焼き飯売りの写真からインスピレーションを得て「ジャワの焼き飯売り」という作品を書き上げた。このとき1番の歌詞も佐野の手により書かれた。また、「焼き飯」はインドネシア料理のナシゴレンを指していたともされる。しかしビクターのディレクターから「焼き飯売り」では曲調に合わないとタイトルの変更を求められたため、門田の手により詞が付けられ「ジャワのマンゴ売り」として発売された。
オリジナル版のほかにも作曲者の手により様々なアレンジのバージョンが発表されており、アメリカのスリー・サウンズ楽団が演奏してレコード化されたものもある。