ジョイス・ウェザード
From Wikipedia, the free encyclopedia
フルネーム
Joyce Wethered, Lady Heathcoat-Amory
配偶者
Sir John Heathcoat-Amory
| ||||
|---|---|---|---|---|
| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Joyce Wethered, Lady Heathcoat-Amory | |||
| 生誕 |
1901年11月17日 Silloth, England | |||
| 死没 | ナイツヘイズコート、デボン, イングランド | |||
| 配偶者 | Sir John Heathcoat-Amory | |||
| 経歴 | ||||
| status | アマチュア | |||
| 受賞 | ||||
| 世界ゴルフ殿堂 | 1975 (member page) | |||
ジョイス・ウェザード、レディー・ヒースコート=エイモリー(Joyce Wethered, Lady Heathcoat-Amory、1901年11月17日 - 1997年11月18日)は、戦間期を代表するイギリス人女性ゴルファー。
ジョイスは1921年の全英オープンにおいてプレーオフで優勝を逃した兄のロジャーと一緒に子供のころからゴルフを学んだ。全英女子アマチュア選手権に4回優勝(1922、1924、1925、1929年)、イングランド女子アマチュア選手権では5年連続(1920年から1924年)で優勝した。
サー・ジョン・ヒースコート=エイモリーと1937年に結婚し、レディー・ヒースコート=エイモリーとなった。彼女のプレーとスイングは同年代の米国人チャンピオンだったボビー・ジョーンズに大いに称賛された。ジョーンズは彼女と数回にわたりエグジビションラウンドを行い、彼女のゴルフを高く評価した。1930年には競技ゴルフからは実質的に引退した。
自身がメンバーでもあるサリーのワープルズドンゴルフクラブ (Worplesdon Golf Club) でのプレーがほとんどだった。1975年に世界ゴルフ殿堂入りした。
彼女が家族と居住していたデボンのナイツヘイズコート (Knightshayes Court、現在は史跡) で記念品の展示を見ることができる。