ジョン・ウィリー
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シンガポール出身で1930年代までイギリスで育つ。1947年か48年まではオーストラリアで生活しており、絵画の技術を身につけたのもその頃だとされる。1946年から1959年まで発行された「Bizarre(ビザール または ビザーレ)」を主宰し、ニューヨークで話題の人物となった。「Bizarre」はアービング・クロウなどのフェティッシュなカメラマンを生むと同時に、エネグ(ENEG)やスタントン(Eric Stanton)などのボンデージアーティストを輩出した。
彼自身もボンデージマニアとして美麗なイラストストーリーや小説を発表している。その中でももっとも有名なのが「スウィート・グウェンドリン(Sweet Gwendoline)」のシリーズである。正確なデッサンにもとづくこのイラストストーリーは評判となり、多くの派生作品や後継作家を生みだした。
一方で「Bizarre」に寄せられたウィリーの妻の告白文(多分にフェティッシュな内容を含む)がでっち上げであると告訴されるなど、経営に苦しむと同時に、テネシー州から起こったポルノ排斥の動きに押されたうえに、脳腫瘍を患い「Bizarre」をアービング・クロウにまかせ、イギリスに戻り1962年に死亡した。