ジョン・レッキー
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ジョン・レッキー(John Leckie)は、イギリス出身の音楽プロデューサー。相当数のミュージシャンの作品を手掛けているが、ストーン・ローゼズを世に送り出した中心人物として特に有名。
| ジョン・レッキー John Leckie | |
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ジョン・レッキー(2006年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | John William Leckie |
| 生誕 | 1949年10月23日(76歳) |
| 出身地 |
ロンドン パディントン |
| ジャンル |
ロック ポップ・ミュージック ワールドミュージック |
| 職業 | 音楽プロデューサー |
| 活動期間 | 1970年 - |
アビー・ロード・スタジオにおいてビートルズ(特にジョージ・ハリスン作品)やピンク・フロイドといった大御所ミュージシャンのレコーディングアシスタントとしてキャリアを積み重ねた。70年代後半、ビー・バップ・デラックスのプロデュースをビル・ネルソンと共に手がけたことから始まり、80年代に入ってからはXTCやパブリック・イメージ・リミテッド、ザ・フォールなどのポストパンク/ニュー・ウェイヴ系アーティストのエンジニアとして活躍し始める。ストーン・ローゼズの1stアルバムをプロデュースしたことで一躍有名プロデューサーとなり、その後はスウェード、レディオヘッド、クーラ・シェイカー、ザ・ヴァーヴ、ミューズといったUKビッグバンドのアルバムをいくつも手掛けている。
1995年のMusic Week awardにおけるBest Producer賞など、多数の賞を受賞。プロデュースしているのは大半が本国のバンドである。大別して、80年代にはアンダーグラウンド系の作品が多く、90年代以降はメジャーシーンの作品を多く手がけている。
これまで何枚も良作を送り出してきた彼のプロデュース作品への信頼は根強く、彼のプロデュースというだけで「世界的な売り上げが10万枚は変わる」(MM誌)とも言われる。現在はもっぱらそのコマーシャル性を強みにしての新人発掘に精をあげている。