セルジュ・リファール
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概要
セルジュ・リファールは1905年4月2日にロシア帝国のキエフに生まれた。リファーリ(ルィファール)家はカーニウ町のウクライナ・コサック出身であった。
伝説の舞踏家ヴァーツラフ・ニジンスキーの妹ブロニスラヴァ・ニジンスカに学び、1923年にバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)に入団、主宰者のセルゲイ・ディアギレフの信頼を得て[3][4]末期の同バレエ団を支えた。1929年7月、ディアギレフの死をボリス・コフノ、ミシア・セール、ココ・シャネルとともに看取る。
バレエ・リュスの解散後にパリ・オペラ座バレエ団の首席ダンサーや舞台監督に選ばれた。パリ・オペラ座バレエ団のバレエ・マスターとしての在任期間は1930~1944、1947~1958年。1953年には来日し、『薔薇の精』などを踊っている。

