タトラ級駆逐艦
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| タトラ級駆逐艦 | |
|---|---|
| 艦級概観 | |
| 艦種 | 駆逐艦 |
| 艦名 | |
| 前級 | フサール級 |
| 次級 | 『タトラ』級代艦 |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 常備:850トン 満載:1,000トン |
| 全長 | 85.3m |
| 全幅 | 7.8m |
| 吃水 | 3.0m |
| 機関 | ヤーロー式石炭専焼水管缶6基 +AEG・カーチス式直結タービン機関2基2軸推進 |
| 最大出力 | 20,500hp |
| 最大速力 | 32.6ノット |
| 航続距離 | 12ノット/1,600海里 |
| 燃料 | 石炭:131トン |
| 乗員 | 105名 |
| 兵装 | スコダ 10cm(47口径)単装砲2基 スコダ 7cm(44口径)単装砲6基 45cm連装魚雷発射管2基 |
タトラ級駆逐艦(タトラきゅうくちくかん、Torpedofahrzeug Tátra-Klasse)は、第一次世界大戦時のオーストリア=ハンガリー帝国海軍の駆逐艦の艦級。同型艦6隻が建造された。
艦形
前級のフサール級駆逐艦は平甲板型船体で、船首甲板を顕著なタートルバック型としていた。本級では凌波性の向上を図り、船体前部を甲板1層分高めた船首楼型とした。
船首楼甲板上に10cm単装主砲1基を搭載。船首楼後端に露天艦橋と簡素な棒檣構造の前檣がある。艦橋後方の上甲板下は缶室区画で、甲板上には4本の煙突と煙管型の通風塔があった。煙突付近の舷側にはボートダビッドが設置され、端艇が係留された。後甲板上には棒檣構造の後檣があった。
2番・4番煙突及び後檣付近両舷の甲板上に、7cm単装砲を片舷3基ずつ計6基配置した。船体後部中心線上には、4番煙突後方に45cm連装魚雷発射管1基、後檣後方に2番10cm単装主砲が配置された。
兵装
機関
本級は、ヤーロー式石炭専焼水管缶6基とAEG・カーチス式直結タービンを採用した。タービン機関2基による2軸推進で最大出力20,500shpを発揮し、最大速力32.6ノットを得た。
同型艦
- タトラ(Tátra)
- ダヌビウス社ポルト・レ工場にて1911年10月起工、1912年11月5日進水、1913年10月就役。1920年9月に賠償艦としてイタリアに譲渡され「ファザーナ(Fasana)」となる。1923年7月に除籍後に解体処分。
- チェペル(Csepel)
- ダヌビウス社ポルト・レ工場にて1912年1月起工、1912年12月30日進水、1913年12月就役。1920年9月に賠償艦としてイタリアに譲渡され「ムッジャ(Muggia)」となる。1929年3月25日に除籍後に解体処分。
- オルイェン(Orjen)
- ダヌビウス社ポルト・レ工場にて1912年9月起工、1913年8月26日進水、1914年7月就役。1920年9月に賠償艦としてイタリアに譲渡され「ポーラ(Pola)」となる。1931年4月に「Zenson」と改名、1937年に除籍後に解体処分。
- リカ(Lika)
- ダヌビウス社ポルト・レ工場にて1912年起工、1913年3月15日進水、1914年8月就役。1915年12月29日に機雷に接触して撃沈。
- バラトン(Balaton)
- ダヌビウス社ポルト・レ工場にて1911年11月起工、1912年11月16日進水、1913年11月就役。1920年9月に賠償艦としてイタリアに譲渡され「ゼンソン(Zenson)」となる。1923年に除籍後に解体処分。
- トリグラフ(Triglav)
- ダヌビウス社ポルト・レ工場にて1912年起工、1913年3月15日進水、1914年8月就役。1915年12月29日に触雷。曳航されるも敵出現により放棄され、フランス駆逐艦の攻撃で沈没。
