ダニエル・カマルゴ・バルボサ
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幼少期に母親を亡くしたため継母に育てられる。継母による虐待があり、罰として女装を強いられ同級生達から笑い者にされることもあったという。
コロンビアでの殺人
1958年、カマルゴはボゴタにて窃盗の罪で最初に逮捕されている。その後、彼は恋人のエスペランザと共謀してレイプ事件を起こす。エスペランザが少女をアパートに誘い出し、睡眠薬を飲ませた後にカマルゴが暴行を加えるという手口であったが殺人は犯していない。5人目の被害者の通報により1964年に2人は逮捕され、カマルゴは強姦罪で懲役8年の判決を受ける。
1973年には不法入国によりブラジルで逮捕される。コロンビアに強制送還された後、彼は最初の殺人を犯す。9歳の少女を誘拐してレイプ、さらに警察への通報を防ぐため殺害した。1974年5月3日、カマルゴは殺人で逮捕される。30年の懲役(その後25年に減刑)が宣告された。
脱獄
エクアドルでの殺人
カマルゴは少女を森に誘い出し、レイプした後に絞殺することを繰り返した。1984年から1986年にかけて、グアヤキルにて少なくとも54件の殺人を犯している。警察は当初ギャングの犯行とみており、一人の男による連続殺人とは考えていなかった。カマルゴはボールペンの転売でわずかな金を得ながら路上生活をしていたが、時には犠牲者の装飾品を売って食いつなぐこともあったという。